第二号自選句


夜の周期

      川上弘美

赤蟻や青蟻の這ふ薄暮かな

ぼうたんの静かに閉ぢて夜来たる

青柚子や夜の周期のずれはじむ

ほうたるを見に行くよ言ひ夜へ去る

迷ひゐて月高くありほととぎす

短夜や飛ぶものあまた眠りをる

草原に沈む銀魚や月涼し

水母来て夜の玄関を泳ぎたる

頭頂の穴より夜気の吹き出しぬ

幾千の土筆ら萎れゆく夜や

トラムプのキングはをらず夜半の秋

影踏みの鬼遠く居り芙蓉落つ

ゆるゆるとあたしピンクの房になる

真夜中に小さき虫の歩く音

情念のうすくうすく氷よ張れ

回廊に無数の天牛飛び来たり

言霊の生まれて青し夏の月

夜去りて万象の葬列騒がしき

立秋の水のやうなる夜明けかな

朝虹や花束のわづかに枯れて

蓼酢

        蓮菩

欠伸する2DKに昼花火

くちなはのしつぽをもつてぶんまわす

メーデーは歯抜け男に従へり

屋上に大きな鳥を飼つている

梅雨寒の桜新町迷子です

あまつさえらっきょ国境超えて夏

てっせんのつるをきりきりひきちぎる

ざくざくと茎切り捨つる百合の花

梅雨明けの雷に手紙を書いている

我が恋は蓼酢の味になりにけり

あくまでもみどりの蓼酢つくりをる

なまぬるきトマトジュースを二杯飲む

ひとつづつ葛の葉に盛る夏料理

行く夏にくちぶえを吹いたのは誰?

夏料理てふ言葉すら知らずして

ひとなつの恋も料理も終わりけり

ひとつずつなくなっていくたこの足

指先にとろみがついて落ちていく

きょうもまたはもに噛まれてしまったの

すっぽんの甲羅はずして夏終わる




銀漢よ

偽造テレカで十二枚千円の愛を送るぞ

         村井康司

春塵や会ひたき人の顔忘る

ふたりして春のマスクの人となる

蝌蚪に足ありて飲み干すぬるき水

宿酔の胃の腑かぐはし青あらし

新緑や歯磨き買ひに出できたる

ずいずいずつころばし歌ひ来る子や梅雨に入る

うつくしき臍あり皿にさくらんぼ

池の水かきまぜてゐる薄暑かな

懸垂の二度目ができぬ空に虹

白靴に青きペンキのこぼれたる

短夜にこむらがへりを二度したり

氷菓ちゆるちゆる腸の先までぶだう色

夏木立言ひそびれたるさやうなら

駅止めで来たる南瓜とかぶとむし

花落ちてトルコの歌の午睡かな

長身やカラーの花を抱きて立つ

電波飛ぶ夕焼を見つめねばならぬ

気がつけば歌つてをりぬ夏の月

恋散つてめうが尽しや夜の秋

桃食みて腋に毛のあるわたしかな

虫偏

          寺澤一雄

 
干乾びても干乾びても蚯蚓出て来る

魚取る網で蝉取りしてゐたり

口少し開ければ小虫入り来る

家蜘蛛は机の上を跳ねまはる

鬼やんま骸となるを拾ひ来し

ここに来るまで三箇所も蚊に喰はれ

この穴を初蜩が出にけり

蜊蛄の深きところへ落ちてゆく

アメリカ蜊蛄に陽の当たりたる

金蝿の飛び立ち蚯蚓残るかな

余りにも大きな虹を見落としぬ

一匹も見ることできぬ蝉時雨

爪先立ちしても届かぬ捕虫網

歯朶若葉虫に喰はれて半分に

蜘蛛は糸登ろうとして降りをり

蚊に喰はれアメリカ蜊蛄に夢中

蜻蛉生れて我が前を飛びにけり

空蝉の草の葉掴み曲げにけり

喰ひ尽くし尺蠖虫の動かざる

浮いてきし蝌蚪が水輪をつくりけり




たましひ探し

木綿

春一番哀しき猫のをどり喰ひ

春驟雨死んでしまへよ恋心

花曇ふと蠢きたる魚類かな

父の日の天気の良くて美粧せり

ビール干す十五の歳の誕生日

夏足袋や右足の次は左足

短すぎる髪素足で素足踏む

舌先で掬ひとるかな虹の端

夏富士に腰掛けゐたる巨人かな

なめくぢの皮を脱ぎ捨て裸かな

瓜の蔓結びてわたしのまつりごと

木下闇じめじめするものゐたりけり

留守番電話と話す夜水中花

本日は蟻の育てたひとなりけり

だうしやうもなくて笛吹く白夜かな

えいゑんにたましひ探す蚯蚓かな

ゆるゆると獣溺れてゐる晩夏

ペディキュアの朱の伸びゆく遠花火

愛しきひと磔にせり草雲雀

饒舌な小石拾ひし夜半の秋

梅雨晴間

鉄村明美

籐椅子に双眼鏡の置かれけり

不揃ひな結び目少し直す初夏

入梅や囁く声の大きくなりぬ

牛乳の色紫陽花の中にあり

梅雨寒や卵に穴をあけて吸ふ

貝ボタン上から外す梅雨晴間

木の根元のみ見る街の日蔭かな

日盛りやボールわずかにころがりぬ

炎昼や間違へながらピアノ弾く

足つたふ蟻のつかめぬ人とゐる

信号を待ちてアイスクリーム買ふ

ストローを曲げ少年の顔をせり

夕焼のゆがんで見える電車かな

俯いた顔動かさず見る螢

瓶詰めのグラジオラスの赤さかな

両耳を残して顔を洗ふ秋

ずぶ濡れのわたしとなりぬななかまど

左手のただ持つてゐる薄かな

どの呪文唱へれば冬近くなる

秋深く耳のかたちになりにけり




桃飛ぶ

      手嶋崖元

汗みどろ笑い止まらぬ飛騨の崖

てのひらの笹乾きゐし夏芝居

夏休み白くなりゆく祖母の側

雲の峰幾つ崩て狂ひ死に

花ダリアがくがく僕はそそり立つ

石榴を裂けば信憑性の粒満てり

袈裟にハイビスカス飾る坊主かな

子供の日知らぬ大人に起こされる

聒聒兒ここは中七聒聒

あめんばう逆らひゆける軽さかな

ガッシュギリギリ流星流星台所

水澄むや唇熱を帯びはじむ

秋鯖や大坂城を仰ぎ見ゆ

でぷりでぷり西瓜が笑ふ犬眠る

秋めくや風噛む馬の赤黄色

戯れに華崩す人秋の宵

秋口のただれた扉小さな子

金の夜目覚めて朱欒暴れけり

流燈や立ちそびれ指濡らしをり

坂下る人桃となり飛ぶ

蹴手繰り

        野沢 裕

芝焼の煙の彼方狐居り

ロボットに春雨侘し高架下

春炬燵我一時的独裁者

仙人の雲捕まえて梅の花

果樹園で帽子を跳ばす弥生尽

女房のけたぐり喰らふ春の朝

昼酒に溺れし我や春深し

春の宵手鏡合わせ悪魔呼ぶ

雷神とマンボ踊るや浮かれ梅雨

縁日や伸びたる首に金払い

きしきしと西日射し込む青簾

黄泉の坂朧に見ゆる日暮れなり

宵闇の木馬に乗るはピエロかな

うなだれつ芋焼く我や秋の暮

木天蓼を土産ににゃんこ御帰館す

秋日和どこでもドアに影ゆらぎ

高西風が行き先を知る僧ひとり

水兵の靴音鈍し不凍港

クキクキと首の音出す息白し

正月の客集まりて腹をだす




天道虫

田辺一教

ロボットを菜の花畑に置き忘る

桜散る海老にも烏賊にもグラスにも

酒を注げ来世を虎に決めるかな

春燈下外房生まれの魚類あり

黄水仙髪にかざして走りぬけ

夜盗虫嘘に騙され片田舎

巨魚追うて巨魚の胃袋だ酒盛りす

天道虫降る林道を父と行く

時鳥蕎麦を買おうと思い立つ

ほうたるや胸が痛くて泣き居たる

滝壺は触れたき翠重ねおり

七夕や電送されし人の恋

仲間らと材木を挽く夏野かな

跨線橋駈ける鼻緒のピンク色

白き道で友と祈りぬイチイの実

干大根お供の石を逃しけり

なめこらのひそひそひそと打ち合わせ

鴨鍋やアンチ巨人の気まぐれ屋

冬の鳥橋梁蹴って発ちにけり

クリスマスソング聞こゆる島の家

海光

古谷空色

花柄の傘開かるる春の雪

黄水仙後ろ手にして訪ねけり

春昼の紙飛行機の白さかな

早春の軍艦煙吐きにけり

薄氷や電線の影揺れやまず

春泥や牧童銀の拍車付け

麺麭切れば断面多し春の宵

旗鳴りて工事現場や猫の妻

海光やフラスコに挿す葱坊主

花冷えの拳銃磨き上げにけり

蝦蟇出るや雲の辺縁光りたる

夏富士に嬰児顔を向けにけり

海鳴や覇王樹伸びる夜の岬

鉱泉の青きネオンや明易き

黒髪に黒きリボンや夜の秋

山羊鳴いて伊太利映画夏の果

秋蜂やパレツトに置く十五色

月の出や鰐の剥製歯の揃ふ

寒満月柩の底に見てゐたり

崖添ひにこぼれ来たるや冬の蝶




舌触り

金田孝子

振り向けばそのたび開く桜かな

つくしんぼ金子兜太の文字太き

大笑ひして新じゃがの崩れゆく

春星が動物園にふりそそぐ

ピント合ふ魚眼レンズに夏の山

夏来たる線路の強き匂ひなり

誰か呼ぶ首夏トンネル抜けくれば

ゴンドラは青葉深きを渡るなり

風越山涼しき風の湧くところ

ダリア触るる乾いた顔の女かな

弦月やスープの中に神話あり

無花果やピンクの猫の舌触り

燈下親しむ手のひらに骨のせて

秋闌けてからくり人形すくと立つ

遊女かとおもへば糸瓜軒下に

七五三鬼に引かれて歩きたる

眼を開けてなにも見てゐず虎に冬

冬萌や胎児に爪の伸びてゐし

鳥帰るロボット電池切れしまま

人流し牛流しゆく麗に

やはらかい人類

亀山鯖男

城壁の下のこびとのさかあがり

片足で来てからくりをとぢる音

十六夜や義足を一段伸ばさうか

父さんを押せばゆがみぬからす瓜

真昼間つくしの代りに戦争す

潮干狩り神の類も混ぜておく

春陰の新幹線は棒である

春の夜や無力のままに再び来

春の月のぼりはじめを軋りたる

曼荼羅のかたちにすくふ苺パフェ

ねえさんの虹の色せる午睡かな

水平に射られてゐたり夏の果

螢来よ黒人の腕やはらかし

ががんぼのやうに女にたどりつく

折紙で折られてしまふ日蔭かな

ながむしは味噌のごとくにやはらかい

ストローをゼリーのやうな母に挿す

めまとひや天地をとぢる蝶番

胎内にセロハンがあるレモン水

空砲に八角形のダリアなど




いつてきます

       木内達朗

耳元に水の始まる短夜かな

朝寝して部屋いちめんの私かな

いつてきます上がり框に蟻の列

ひとつおきにデージー植ゑし旧家かな

蝌蚪の群上まで続く棚田かな

雨音のキャベツ畑より鳴りはじむ

初夏と手旗信号送るかな

熱風の山擦過して行きにけり

酋長に抜擢されし酷暑かな

涼しさやハサミの泳ぐ理髪店

管を抜けヒトがプールに落ちてくる

足下がうねりますので夏の鯉

水分子じやらじやら滝を落ちにけり

蟻集う蛾は要塞のごとくなり

夕桜電球ひとつ買ひにけり

豆飯や磨き終へたる長廊下

アトリエの吹子のごとく螢あり

それぞれの部屋に十時の時計あり

眠れずにゐて鳩もゐる篭枕

空港へ犬を迎へに行く晩夏

重力波検出装置

優璃

春寒やするめ固めがほどけない

海馬てふけもの騒ぐや春の宵

陽炎に揺られて牛は遠くなり

ずり落ちつ上りつ呑みつ花見坂

妻にでもさわってみるかな春だしな

毒蝶のぬるく羽ばたく暗夜かな

ななほしをかぞえてるまにとんでった

やうやうに青葉のにほひ尽きて海

重力波検出装置に驟雨かな

雨乞いや西の空征くワルキューレ

梢まで猿の腰掛け十五段

蟷螂の潰れてありぬ石畳

ほろ酔いのしずかに醒めて生姜飯

明け方に児は咳き込みぬ秋黴雨

石売りの親と子のゐて蘆火かな

最大の素数はありや天の川

炬燵にて超ひも理論を学びをり

ふゆがいくおほきなねこのあしどりで

冬銀河万里の長城動きけり

サラエボに狙撃手のゐて年の暮




肩甲の朝昼夜

         長嶋肩甲

大寒の朝や奥の歯よく磨く

パン焦げる昼やあなたを少し想う

春一番バナナもう一本食べる

春驟雨いつまでジュールベルヌ読む

端午の日新幹線の唄うたう

青葉陰風船棒のように持つ

葉桜や嘘ばかりいう人の顔

抜歯してガム噛んでみる桜桃忌

入梅や眼鏡いつもの場所に置く

一斉に拉麺すすり夏来たる

母さんとダンス庭には牡丹かな

父さんのスクワットする夏座敷

緑陰の女ラヰカを持てあます

足指も十本ありぬ暑気中り

七夕や隣の家の前も掃く

夕月夜河川敷にはポルノかな

やっときて茸踊りをして去りぬ

代官と悪だくみする良夜かな

福耳を垂らしてゆけり天の川

秋分の夜やボンバーマン解けず




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