第三号自選句
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恋歌 村井康司 花野行く少年十五にして挽歌 唇は薄し九月の弦鳴れり つぶやきや闇を握りしちひさき手 耳元に流水それともあれはきみ? 音なくて犬食ふ犬や秋澄めり 心音やしきりに落つるからすうり 真鍮は口につめたし鳥渡る 裏庭を秋過ぎゆけり擦過音 黄落期チューバの二音鳴り渡る 薄明や三連符にて落ちる秋 繋がれし月ふるへをり打鍵音 やはらかき楽器しづかに冷えてゐし こがらしや二十のほくろ隠れしも アルペジオ乱れて遠き雪崩かな 天球へ冬の倍音たちのぼる Sanukite撲ちうちて野は枯れゆけり 超自然的短音階鳴る枯野かな ふ、ふ、ふるふるへるふるいいへにゆきふ、ふ、ふる あさあけの氷の道や耳さとし 生前に覚へし歌や冬の虹 |
瑪瑙 木内達朗 島々に棚田大陸には田螺 メレンゲの山ふきこはす短夜かな 部屋に水満たして薔薇を鍵穴に 時鳥少年日本縦断す 街道を逸れて蜻蛉の中を行く ポケットに瑪瑙平らや花芒 サーカスを出でて荒野の居待月 ネジ工場ネジ溢れたる夜長かな 秋麗筋肉痛の椅子とゐる 燈火親しのりしろにのり多すぎて 前脚を仕舞ふ犬ある良夜かな 花野行く枯野の色の犬なりき 冬日向移りて犬の鼻に差す 落葉中劇の形に人のゐて 雑踏や葱一本の落ちてをり 目醒むれば海を氷の軋りたる 海岸に見慣れぬ氷来てをりぬ 天鵞絨のごときを鮫の触れ過ぐる 幾度も塗られて厚き捕鯨船 小春日の鯨荒野にうち揚がる |
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鬱金香 金田孝子 露けしや駅長の手に銀時計 茸山真上の雲の高きかな 校長の万歳三唱芋嵐 案山子のやうに立つてゐる東口 天高く人鈴なりの九段下 秋蝉のぽとりと落ちて天掴む 呪縛解けずに朽ちしかな通草の実 掌の中に残るさやなら猫じやらし 竜胆売る駅員海の色をせり 駅裏の坂道登る天の川 足音も三寧坂も時雨けり 村中に土の道なし寒波来る 数式やXと逢ふ冬木立 劇場を出て寒月に照らされし 着膨れのわたしの影が手をふりぬ 戻り来て玄関にある葱の束 眠たくて冬の金魚となりにけり 元日のダムの放流見てゐたり 鬱金香姉のやうには愛されず 部屋中の風船揺らし友来る |
海氷る 川上弘美 会ふときは柔らかき服鳥曇 初夏の蔓は左に巻いておる 鎌倉の銘菓を提げて水見舞 赤蟻に好かれしぶしぶ這はせたり ミロの絵に目玉のありて夏嵐 洩れやすき青インクなり霧笛鳴る 剪りとりて温みの残る花梨かな 平原にきちきちばかり増えにけり いちじくやなつめを食ふて日の暮るる 耳鳴りに紐あり紐を解かむとす かまどうま王子ときどき泣きにけり オーロラや雨後の街には鮫匂ふ 寒北斗一人トラムプしませうか 小春日やイノダコーヒほの甘し 寒暁に静止衛星浮かぶかな 馬頭琴弾く人ありぬ冬銀河 いにしへの砕氷船に会ひました 寒燈やおがくずに海老ゐて静か 初夢で小さき人を踏んでしまふ 次の間の母の寝息や海氷る |
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歩幅 古谷空色 檸檬咲く夜の鳥には夜の歌 夕方に髭剃つてをり夏の恋 耳先の尖る遊びや新樹の夜 どうしても解けぬなぞなぞ慈悲心鳥 山猫に影盗まるや夏木立 緑蔭や見えない都市へ海気団 茶箪笥の奥の峠や黄金虫 食卓に旅の本あり葉鶏頭 月白の栞はさみて閉ぢにけり 寂しさや耳の奥なる白桔梗 鉛筆の先に芯ありチエホフ忌 あの橋を渡ると言ひし蓼の花 老嬢に微笑まれけり猫じやらし 青き魚コツプに飼ひて時雨れけり 冬銀河抱きしめて野の風のこと 犬も猫も黒目がちなり雪もよひ 鷹匠の如く立ちたし朝の駅 歩幅もて停車場測る枇杷の花 冬空の半分映る蛇口かな 柊の花咲く星に生まれけり |
The Invisible Time Bird 優璃 朝寝して日周誤差を補正せむ 陽炎やプレアデス行き貨客船 来るべき炎帝の御代間氷期 足跡は微かになりぬ宇宙塵 君が今声をあげたね夏銀河 隕石投げて星間戦争勃発す 梅雨闇やドーム舐めをるイドの怪 宇宙を飲み透きとほりけり時鳥 真の名を呼ばはる声や夏の闇 信号は解読不能旱星 受話器から世界の動く音すなる 月出れば鬼喰らひたる唇や 背白きビゾンの群れや冬の浪 ばうばうと寂寞岬の霧笛かな 造幣廠ムカシトンボの透過せる 焚火して熱量死へと向かふなり 歳晩やわたしのなかの未生の卵 時航機は還らざりけり暦売 封解けて木星目指す電波かな 初詣異人虚人の混ざりをり |
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国立の花 長嶋肩甲 梅雨寒の花びら闇を照らし出す 初夏や少女パスタを平らげる 一人きりフルーツポンチ台所 夕顔や父さんバスタオルをはだけ シャツ乾く塩辛とんぼ低く飛ぶ ボールペン分解するや夜の秋 ひとんちのタンス開ければ初嵐 秋高し文庫にカバーかけてもらう 秋桜や女とっとと先にゆく ジュリエットとロミオ可哀想盆の月 ちゃんちゃんこわたしあなたとキスがしたい 寒の雨オセロの角は取られけり いたち来て町内会長来る晦日 除夜歩くオリオン座のみ知る人と 冬篭切手は左側に貼る 着ぶくれてヨガ教室に通いけり 白い歯と帽子と葱がよく似合う ホイッスル冬のボールは高く蹴る ストーブは爆発しない大丈夫 国分寺西国分寺春の花 |
冬の虹 手嶋 崖元 光線のがりがり葱にあたりけり 皿皿お皿音なくなれば冬の虹 裸婦の背に鍵穴ありぬ冬の虹 家ほどのコイル巻き終へ冬の虹 目よりごとりと葱転がつてしまひけり トラツクの荷台で歌ふクリスマス 凍蝶の翅落ち居るやドラム缶 鷹ひとつ切岸にゐて静かなり 爪牙の士カスバに迷ふ冬薔薇 血に海を満たせば夜の輝けり 一息に暴れ終へたる冬の水 蜜柑山転がりながら蜜柑食ふ 風花や売(ひさ)ぐは御身ばかりなり 白金の坩堝にありて冬の雷 鳥喰らふ花氷上にありにけり だいだらと山越えにけり冬の雨 冬鮫や添ひ寝温度計の中 真つ青な蝶たどりつき滝氷る 味噌釜に父突つ込める恋のあり 鳥死してチェックの布の枕とす |
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塔五つ 亀山鯖男 腎臓の形す空も吾妹子も 恋人の舌に樹影のありありと 明易しパン一斤を疑ひぬ 藍を抜けめでたくなりぬ南風 屋上も現世のつづきひきがへる 船虫が初めて猫にわらはれる 夕凪に魔術師となり馬となり 昼顔や塔五つある地平線 初潮や日当たり悪きあばらぼね 夜仕事や偽の砂漠へ参るなり 粘膜に蜻蛉増ゆるかとも思ふ 汝の耳の形忘るる無月かな くらやみに嘔吐するなり冬の虫 小春日や指に小虹のからまれり 寒卵紆余曲折を省略す 着ぶくれてゐて恋人の耳の中 冬うらら死ぬときピンクの糸を吐く うしろから刺されるごとくかへり花 海の塔春の陰よりつき出しぬ 空き部屋に国旗の匂ひふはふはす |
足の裏 蓮菩 はぜうるしななかまど赤バス走る アクリルの小箱に青い砂詰めよ どの鳥も青い箱から食べている 冬うららぺたぺたくまの足のうら 早稲田の街に無数の葱が落ちてくる 茎漬の刻みて醤油ふたまわし ガラス人形ガラスの斧を持っている たてがみがなびいているよクリスマス 冬の角曲がりて狂う女かな 硫黄の海に太陽の流れ着く 印度大使官邸裏なる冬木かな 右足のかかとで踏めり薄氷 送電線たるむ寒木たちすくむ かりたりと叩き落とせよ冬の星 雪のふる音雪をふむ音ふるり 潮の香も新しきかな初詣 明けまして海へ行くならドライブしよ むらさきの花南国のカレンダー 帰り道わからぬ家でかるた取り 目前の吊革に婆春を待つ |
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十二指腸博覧会 木綿 初茜オレンヂの薔薇ぬくいお茶 初夢はパンプスだいきらいなのに 春昼やうす汚れたるカーボン紙 青林檎行き倒れたるむかしかな 約束の満天星つつじのラビリンス 真昼時遅刻しさうな葉鶏頭 喪服も微睡みつつデザアトの柿 冬晴の十二指腸博覧会 笑ひながら踊りけり冬薔薇 冬麗かごめかごめの鬼は箱 足痛くはんぶんだけ剥く青蜜柑 底冷えの斧を持ちたるをんなが来 冬木立猫マッドサイエンティスト パリを向きスカート咲かせよ冬薔薇 カレンダーに小指切る日有る霙 めを閉ぢて冬将軍が降りてくる 雪兎群れる荒野にゐる深夜 たましひをからつぽにする冬銀河 なのはなのきいろ狂ひ咲して凍てる ポインセチア飾りなにもかも終はる |
毀誉褒貶 野晒 荒野には神一人いて冬銀河 ぼろ市やギリシャ彫刻売る女 冬苺ほのかに甘し一人旅 春近し誉められもせず貶されず 風邪ひいてトイレ恨めし余寒かな 雪解けの水溜まりには月ひとつ 大の字にうとうとしたり春の雲 待ち合わせ二時間遅れ春日向 旧正やデートしましょう横浜で 春の宵座敷童を手招きし ハチ公のしっぽにリボン春の昼 のどかさやワニとあくびを競い合い 広場には老婆と子ども春の風 ぬらぬらとしたものといる春の闇 包丁を研ぎ澄ませたり木の芽時 のっこみの鯉と眺めし朧月 草餅も団子もうまし花の下 公園を定宿とする花のころ 一年がまた過ぎて行く春麗 ミッキーの帽子恥ずかし春の夜 |
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いんでぃら 遠藤治 化け猫が仏壇返す春の宵 地下鉄の地上に出でて弥生かな ここからは埼玉県の青葉なり 初夏やしぶきを上げる眼鏡犬 返信の御と芳を消す梅雨の入り 紫陽花やまた初めから前奏曲 万緑や妻には開かぬ壜の蓋 ひめぢょをんのやうといつたらおこるか君 すれ違ふ明治の船に日傘溢る 夕凪や看板のない理髪店 炎昼のあどう゛ぁんていじれしいう゛ぁあ 片陰の表札は同じ姓ばかり 唇を少し開けば秋の風 朝顔の閉じては開きエンデ逝く 二百十日すごく大きな女ゆく 秋麗林檎先生授業中 虫出でて超合金に敗れけり ピアニスト爪摘みてなほ冬日向 降る雪や象の名前のカレー店 姿なき六弦の人炉辺にゐて |
蘇格蘭 寺澤一雄 オランダの空港にゐて秋思かな 飛行機と影のくつつく秋の暮 降り立つやスコットランドに秋の虹 秋の日は強し絶壁の上に城 空砲や鳩も雀も秋天へ 薄く薄く夜霧残りし明日かな 秋冷の煙出しには鴎ゐる 秋風やスコットランドの橋の上 麦刈を終えたる中に墓ありぬ 麦嵐海まで続き果てにけり イギリスの大きな糞に秋の蝿 木槿咲く廃教会で待ちにけり 剥製の象と河馬立つ良夜かな シャツ脱げば天道虫の付いてをり 海岸に鹿の足跡消えずあり 楢の木は雫と実とを落としけり 食虫植物のケースに虫の見当たらず 芋虫はビートの茎に動きけり 秋の雨レバノン杉の下にをり また一つシベリアに点く秋燈 |
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この川に 田辺一教 学園を築きし土地の土筆かな この川に生まれ水辺を見つめおる 夜桜や洋品店の窓に星 田を起こす頃か川瀬を越え来れば まず乙女行く田を挟み老婦行く 農夫の背青葉青葉の合い間から 片づかぬ新居をあとに茂りかな 暑き日や良き音楽と良き漫画 新涼の街に覗くや近未来 銀河の夜文明開化確かめぬ 晩秋のスタジアムで待て恋の人 街や身を真っ黄色にし秋の暮 洋館の海を見下ろす窓たたく 最悪の遠出と言えど梨さやか 捨て台詞苦く寒夜の駅を宿 廃鉱に劇映画来し雪の華 十二月螺旋階段下りおり 機織りの冬濤のごと響きおり 天狼や鶏飼っている家の影 大椋のそびえ立つ夜や冬至風呂 |
硝子箱 鉄村明美 悪しきこと言ひたくなりぬ秋の暮 滑らかな囮となりてうづくまる 葱切りてやさしき恋のはじまりぬ アイロンの動き見てゐる小春かな 桃色の飛行機とばす冬田かな 底冷えや炎を包む硝子箱 体温は水銀の味する夜寒 眼差しや水の底には水の鮫 やはらかく冬木の影を踏みにけり 初雪の箱に隠れてしまひけり 唇はかすれてをりぬ冬薔薇 おとなしきもの待つてゐる寒暮かな 深皿の破片砕きて冬銀河 水鳥や明るい色の滑車軸 風邪の日の彫刻刀は丸くなる 細き線引く鉛筆や冬日向 多面体ねじりて甘き冬の虹 立春の後ろ姿は遠くなる 腹這ひの足の揃はぬ朧かな 早春のかばんに馬蹄形磁石 |