第四号自選句



草深野

        古谷空色

鴨の眼の金色にある浄土かな

冬の蜂鉛筆登り詰めにけり

春立つや大樹の幹に水の音

汝の乳房触れたし辛夷咲きにけり

春疾風シベリアの酒聞きに来よ

夏服の胸や何処に雲の国

壜の蓋光り始むる五月かな

卯の花や髪に触るゝを許されず

青田はや学徒の額晴れ渡る

羽蟻飛ぶ狂ひ募れる吾時計

踝に藻の花絡む情事かな

夏潮の身ぬちに至る力なり

連星に住まふ双子や麦の秋

葛城の神の句帖や月涼し

水甕に蒼穹あるや蛇の衣

土用波この老人を父と呼ぶ

白南風や背山に出て龍の骨

自由てふ駱駝飼ひたし扇風機

草深野透けたる地図の空にあり

白鷺を妻にしたしよ風の音

春の野へ

        金田孝子

元日の温き卵を貰ひけり

立春のカーブいくつも越え来たり

やはらかく光り吸いたる春の雪

さかあがり吸い寄せられて桜かな

石鹸玉飽いてぶくぶく泡立てり

春の野へ植村直巳戻り来よ

南国の浜にふらここ置かれあり

十字架の直角多し百千鳥

下総の黄色の電車春深し

憲法記念日バケツの蓋を洗ひをり

消しゴムの黒ずみてきて立夏かな

薔薇置いて闇深くせり台所

葉桜や小指一族ちりぢりに

夏空のやうな絨毯届きたる

鰐飼ひて鰐の散歩や夏の夕

冷蔵庫より発光す秘密基地

飴嘗めてバス待つてゐる麦の秋

立泳ぎして地下道を進みけり

夏闇や高速バスの浮かび出す

小判草ゾウリムシに少し似てゐる



夜濯

        手嶋崖元

級友のかほ輝けり夏祭

袈裟の泥払ひ落とせる袋角

パラソルの傾いてゐる北千住

卯の花や緑の靴のをんなをり

坂下の街遠のける月見草

瓜の花知りたる顔の擦れ違ふ

青蔦の洋館の窓人笑ふ

銭湯の香の残りたる西日かな

掌のビル無数かな油虫

川開き少年鞘をなくしけり

鉄橋の音響きゐし洗い髪

呼ぶ声のふたつみつする昼寝かな

日の暮れて水からくりをもて笑ふ

蜜豆の姉縁側の寝息かな

めまといや秩父連山幽かなり

酸漿の花妹の手にありぬ

こころぶともうすぐ人となりにけり

夏神楽壊れかけたる蓄音機

夏の海銅貨落とせるこどもかな

岩魚食ふ鈍行列車過ぎゆけり

夜櫻

       川上弘美

銀漢や吾が恋情貧血のごとし

まつすぐに座る子供や照紅葉

群菊の歌うたふごと咲きにけり

枯芙蓉牛乳瓶に底のある

春の夜の迷ひ込みたる町役場

夜櫻や沼に沈める千の蟲

藤の昼老女煙草を喫ひにけり

曇天に初蝶の道あやふかり

ワルツ鳴り晩春の水沸騰す

会合の終はり間近や鳥交る

春星や門限ありし頃の恋

崩れがちな砂糖菓子なり春の雷

すかんぽや女のこえと鳥の声

夏闇の鰐をひそませ重くあり

想像の薔薇の匂ひや夜の雨

髪薄きあかんぼ抱へ夏木立

葉桜の一ト月前を思ひ出せぬ

図書館の昏き眠りや羽蟻とぶ

鳩鈍く鳴くや夏痩はじまりぬ

母方の血濃しゆらゆら草競馬



メキシコ/キューバにて

優璃

空港はあの日の匂夏に入る

声もなくシーツを濡らす熱帯夜

びんろう樹腿の付け根に傷のある

君の胎内に注ぐ祈りや夏の宵

Cinco から Quatro までの遠きこと

石油なき暗夜の色の深さかな

夜通しの祝歌のみやこラム旨し

群衆が駱駝てふ名のバスを待つ

どこまでも尾いてくる犬や南風

物乞いの老婆に蝿のたかりをり

メーデーの procession のながながし

汗拭 Aqua Potable 水溜

名も知らぬ豆殻踏めば豆の音

トロピカーナの華やいでゐて君ばかり見る

椰子の実の寄り合ったまま切られたる

鋭角に橋と影との谷を裁つ

昼下がり果てたる後の水平線

バラデロの硝子の波に沈みけり

白南風や唐竹割りのロブスター

カテドラル少し傾いてゐる五月

開けてみる

           蓮菩

建国日大鍋ぐつぐつ蓋開けよ

啓蟄や細長きもの限り無し

会いたくて蓋開けて見る春の夜

春宵や閉じたるものを失へり

かげろうの夢の続きを買つてくる

春宵や壁掛け時計融けてゆく

春分の日の十字架はセルロイド

春分が蛍光烏賊なら右カーブ

だるまさんがころんだ春の野原です

息吸って吐いて新緑雨あがり

ぐるりぐるりみどりのなかのくらべうま

しかたなくスコップ持つに夏来る

革靴に蜥蜴踏みつけたき誤算

花火ひゅるると海へ触手を伸ばす

三尺の花火は鈍く響きたり

煙にて花、キラ芯冠菊五発

ジャズ大楽団賑やか田舎花火かな

カレーカレー圧力鍋のコマ回る

騙されてこんなところで山開き

ゴミ箱の蓋しめなさい夏の朝



天使・いにしへ・目借時

       亀山鯖男

三界のうち一界に亀鳴くや

世の中に業界ありてかまど猫

一国の一本のひも目借時

人間の水分揺るる春の宵

ひともとに擦りたる垢や涅槃像

さへづりやうらを見せたる鯨幕

身を入るる鉄の器や西東忌

緑蔭を仮の墓場として通る

紫の管はみだせる毛虫焼く

帚木や骨にも息の吹きかかる

死人見た帰りだらうか寒の犬

陽炎の中大勢の郵便屋

アメリカのいちごをはかるばねばかり

いにしへの鱶となりけり山桜

葉桜となつて宇宙の反り戻る

頭からぽりぽり眠る裸かな

はらわたの結ぼれゐたる夕立かな

麦笛や天使に鱗ありと言ふ

喉元を過ぎて列車が熱くなる

ぼうたんや楼閣立てる町に入る

垂直に頭痛来たれよ涅槃西風

   村井康司

純愛や口いつぱいにひなあられ

オーボエと菜の花持ちて遅参せり

引鴨や綴じ糸ゆるきノート閉づ

うららかに長き訃報の垂るるかな

夢に見し己が腋下や鳥曇

目の下の疲れ見てをり夕桜

スレートの黒に落花のしきりなる

巻貝を呼気通過して春の雨

対岸は労農政府さくらちる

救済を求めし友に蕨餅

春愁のわれは耳垢湿りけり

風呂敷に小六法と新茶かな

首入れて運ぶ梯子や青嵐

泣き顔の近づいてくる新樹かな

プラタナス吹かるるままに吹かれをり

親指に親指乗りぬ虎が雨

緑蔭のまだ使はざる鈍器かな

日が差して瀧も女も輝けり

風強き正午に廻す日傘かな

夏霧の中へコントラバス去りぬ



夏の日はデジタルレンズの向こう側

        野晒

魂の閉じこめられし五月闇

乗り換えの駅裏寂し麦の秋

ダイエット勧める妻や夏近し

甚平を着てマラソンの翁かな

歳時記にマーカーライン夏思う

パソコンに囓りついてる半夏生

夕立が過ぎて雀の一羽あり

生ぬるきサイダーを飲む日暮れ時

夏見舞い住所不定の判ひとつ

午睡には麦茶ひとつと句集かな

冷酒を冷やして飲むはタコばかり

ペンギンが生ビールばかり飲んでいる

夏めくや今日も言い訳考える

七夕の日の銀河には鯨おり

鼻ピアス耳とつなげし天女かな

涼風や三浦岬の西瓜食む

川涼みペンギンばかり歩いてる

蜩や歳時記買いに町へ出る

白髪の老人と行く秘宝館

氷水草取り残り一平米

春夏

        鉄村明美

土筆摘む鞄算盤万華鏡

菜の花や川辺でひらく理科教材

貝拾ふアインシュタイン花曇

花冷えや鉄柵に張る世界地図

春愁や裏返される移植鏝

春の昼巨大な廊下見てをりぬ

春昼の決して転ばぬ足音聞こゆ

春の虹無数に動く家鴨かな

しやぼん玉交互に吹くや春の駅

春時雨口紅は剥がされやすし

立つてゐるだけの足元夏来る

鈍き音する楽器鳴らして麦の秋

一億のひまはり同じ方を向く

角砂糖初夏の出会ひにひとつあり

色水の水鉄砲を撃ちにけり

夏潮や薄目を開けてから眠る

昼過ぎの髪が解けて夏薊

短夜や草原ところどころ光る

海を向く顔に天道虫とまる

付いて来る潮の香や茄子の花



ウォーターメロン・マン

      遠藤治

梅雨入りや給食はまだかと思ふ

初恋は雨の匂ひの南風

夏めくや我等嘱目銀輪隊

ぐいと一杯空に拡がるサキソフォン

くるりくるり半音階の夏帽子

エジソンの国に西瓜売りの泪

一日中雨の音聞く山の夏

秋うらら背面逆さ狸跳び

永遠といふ気体あり秋の暮

秋の夜はゲルマニウムのうちふるへ

冬霧や二度目の店の中華丼

河涸れて彼方の記憶五億年

葱を手に急ぐ緑と赤の街

聖夜更け身を正し聴く現代音楽

論争の果てなき寒夜あっぷっぷ

オリオン座ももんがのごと天にあり

春の闇甲殻類に接吻す

いろいろな道曲がりけり春の暮

けふからは日曜まづは土筆摘む

永き日の祖父の家にはおならの間

        寺澤一雄

花水木ハレルヤハレルヤハレルヤと

棕櫚の花いま出てきたるところかな

ぎしぎしにゐる真っ黒なあぶらむし

江戸川を歩いて渡る桐の花

本当に赤い椿の落ちにけり

姫踊子草大犬陰嚢と咲きにけり

クローヴァー薺の花と踏んで行く

おにはすの咲いてもゐぬに戻りけり

燕子花太鼓の音は揃はざる

葉桜の中に桜の残りけり

ドーヴァー海峡大陸側に桐の花

バラ亜綱バラ目バラ科赤い薔薇

家にゐて山吹の名を思ひ出す

桐の花水神様より親子来る

荒川と多摩川の間辛夷かな

菜の花畑終つても歩きけり

青天やかうほねの花振動す

菖蒲湯に浮きたるものを立てにけり

鳶より高きにをりて松の花

満開の桜の中に凹みかな



道道の蓋

      木内達朗

春立つや薄き孤島に船着きぬ

春立ちて道道の蓋開けにけり

失礼な犬ついてくる花曇

鞦韆を揺らしてみれば揺られけり

限りなく自転車続き山笑ふ

焼野原鯨のごとき車行く

鎧戸や商店街の百千鳥

人知れず沸く風呂ありぬ春の闇

北窓をあけて糸杉参差なる

眼鏡橋くぐれば上を金魚売

空港に群れる手紙や土用浪

沖膾無数の瓶の寄せ来る

水眼鏡砂紋に映る波紋かな

葉桜のなかを通ひぬ眩暈して

眠りつつある早乙女の眠たさよ

螺子山の柔らかすぎてソーダ水

雲低くありて都心や金魚玉

厚氷切り出されては透き通る

冬晴を行く銀色の人の群

滑らかな犬でありけり日脚伸ぶ

湾岸

        田辺一教

春の雨かぶるガソリンスタンド島

湾岸や大黒摩季を聴きながら

帝国石油の臨空団地風光る

NHK顔も民放顔も春

太古から茂りの中を機動車や

蟻穴の深さ語れり砂の山

真実を語る女や保夜を食う

風が吹く度に葉影が庭を掃く

気持ち良く動いておりぬ梅雨の箱

複写終え梅雨の街へと紛れける

窓外に不思議茜や夏果つる

三日月に割れる硝子や石の街

月よこの道をまっすぐ進みけり

菜種蒔く畝に茶碗のかけらあり

蕎麦売らる青空市場無人なり

針路には鶺鴒ばかり目立つかな

台風過未だ水路は脈搏てり

不燃物破砕業者の小春かな

てっぺんに落ち葉一枚来てござる

珈琲の壜に銀貨をクリスマス



夜の自転車

      長嶋肩甲

真横よりコロッケかじり春来る

春寒の散歩のときは名を呼ぶな

うららかに参上君のキムチ食う

春休み仲よくしてもお腹へる

放火魔は少年でした初桜

復活祭過ぎて曙全部勝つ

春光の中を小銭のこぼれ落ちる

限りなく髪の毛伸びる春の風邪

五月晴れ葬式行けば皆泣く

健康サンダルはいて五月の夏休み

裁判長寝てしまうほど五月かな

あまりにもよく飛ぶ凧や牡丹百合

力道山もう一人いて青嵐

葉桜やワイシャツの人バット振る

果てしなくはぐれて二人モナカ食う

どこへでも行きたがる犬夏の庭

月面で月の女にもてて困る

ポメラニアンすごい不倫の話聞く

気がつけば背中にシール夏来る

夜の自転車みんなライトをつけている

薔薇さんこんばんは

        木綿

雪解やからだの凹みに溜まる水

色褪せたオレンヂころぶ朝寝かな

山笑うついでにやあイグアナくん

水温む白地に金の貝模様

なんにも許していないのにめかり時

春日傘きぶんはどうですか薔薇さん

あたたかきわにの腹のなか春の宵

菜種梅雨空いた瓶の金の蓋

江戸の春三階へゆく梯子かな

エリカ生けるアヴァンギャルドな女の子

桜散る足あといつも消え残る

キャベツ畑キス投げるなめくぢら

夏めきてまるでオランダシシガシラ

黒き足だけを見てゐる鉄線花

絶対やめないはなさないわたし蛭

昼顔に小野小町と名づけたり

会うときはいつもそうなの李みたい

ヒヤシンス遊び疲れて転べない

ストライプ模様の蟲や暑気あたり

青林檎水零れたるひかがみや



topページへ戻る