第五号自選句
秋 金田孝子 秋めきて大きく振るや紙袋 地下道を出てなつかしき秋の風 秋晴やワイングラスにガラス玉 三人の喉なめらかや秋の雲 歌舞伎座のどつしりとある良夜かな 冷ややかな粒子ぶつかる露天風呂 名月や暗唱してゐる鬼城の句 甘党や酔ひて紅葉する体 瓜植ゐて糸瓜なりたる父の庭 正座して障子貼る日のお辞儀かな 牛乳を煮立ててしまふ赤い羽根 竜胆やこの先ゆかば地獄岳 種あまた落とす鶏頭捨てにけり 秋の山あけびどんぐり茸狩り 君の打つボレー弾けて鳳仙花 林檎園星降るやうに実りけり 秋雨やつるりと肌の僧二人 肩貸して供に転びぬ秋祭 ホグランプ吸ひ込まれゆく霧の中 くつきりと稜線走る冬支度 | 秋冬 鉄村明美 水澄むやあなたの好きなものを聴く わたくしの知らないひとがゐる九月 てのひらに三日月からの灰落ちる 橋にゐるひとりは秋のゆふぐれと 冷やかや頭を下げる白鸚哥 好き嫌ひなにもないひと居待月 横顔の回転木馬夜半の秋 探されてゐても気づかぬふりの秋 日曜の踏切までの紅葉かな 空想の満員電車草の花 月光に倒るゝひとや恋の馬車 あそべないだれかのかはり星月夜 長編の中の砂漠や秋の虹 瞬きのあとの眼の色秋深し 美しき壜の重さや暮の秋 菓子皿の縁の象猫兎かな 恋愛の薄き埃を拭ふ冬 風邪薬苦さうに飲むから笑ふ 立冬や貝殻骨のあるところ 手のひらの窪みに冬の星しるす |
一湾に 古谷空色 畦に出て酒の抜けたり夏燕 滴りや血筋透けたる汝が腕 月涼し樟の香帯びて祖父来る 桐の花吹けざる喇叭愛しけり 背につけて紙の翼や晩夏光 東京タワー夕焼の色染みにけり ロケツトの形(なり)せる塔や秋の風 登高や鉱物めきて屋根幾重 海に入る河のみどりや冷やかに 菅浩江・東直子・伊瀬みつる三氏同人加入 一湾に舟集ひたる良夜かな 地の底の銀漢や学成らずして きりぎりす葡萄の葉より出にけり あを色は鳥の領域障子貼る 押さへたるギターの弦や水の秋 薄日より木の実降りたる逢瀬かな かの砲の礎石のこれる花野かな 月明の海原といふ褥かな 而立なり踏みあと多き草紅葉 一鳥を仰ぐ男女や秋の暮 鹿皮の靴や運河に冬近し | いねむり病 一鮪 聞こえると仰言らなくつて鷹狩るわ 関節とコンクリートの温度かな おれがそのぐらぢおらすになつちまふ チョコレット踏んでぽたぽた鹿の爪 星月夜せんせいのリボゾーム取る 銀漢や背中のひとにはリンス 臍にめねぢのうづくまる無月かな 鴫はささやくあ行のひみつをもとうよ 障子あらふ平坦なママレードです 葉月にてふはふはポーランドの飼育 自転車と昆虫を見くらべてゐる 音楽に寄りてゆるづく蛇行線 発達やうちむらさきに義兄(あに)と兄 ぱあぷるとんかちでおにいさん縮小 ありのみは魚とやはらかく混乱 母回転秋の水にはラヂオ澄む 秋麗や葬列は白茶けてゆく 虎落笛姉の口餌やじゆんぐりに 深雪晴きみは赤児をかたどれぬ あなた煮凝の中でナルコレプシー 空白 |
海辺の機械 優璃 海辺より私の床に来る機械 またぐらを夜の魚の過ぎゆけり 夜の底銀のらっぱを吹くをとこ 梅雨寒のをんなのからだの重みかな 翼なきイカルスの群れ梅田地下 梅雨闇や刺を抜くごと魔羅を抜く うなぎやの看板薫る不入斗 いつせいに蝉飛び立ちぬけもの道 引き潮や蟹は斜めに穴を掘る 酔いどれて君がタコならぼくウナギ ななかまど失くしてここは流刑星 渚には天使のむくろ秋暑し テーブルに鳩燃えゐたる無月かな うたわれしことなき悲歌や秋黴雨 悲歌果てて咳ひとつニュートリノ 木犀は星のかたちのまま朽ちぬ 逃げ込みし森のうらがわ君眠る 昼酒やソラリスの海沸き立ちぬ 北駅で待ってゐるから葉鶏頭 埋火やダイヤモンドは灰にならない | お婆様 亀山鯖男 世界中ポンポンダリヤ吾を向く それぞれの駅に駅長さみだるる 滴りやうづまきのある怪文書 片蔭に翼持つもの集まれる なめくぢら不退転とも不明とも 物忘れ多き階段螢売り 河童忌の納戸を通り抜けらるゝ 人間を三つにわける蛇なれや 神様を埋めて久しきお花畑 脊髄や祭の中へ道伸びる 念仏やにほひぶくろに入れられる 起重機で起重機降ろす水蜜桃 幾たびか万力ゆるむ鰯雲 すれちがふおほかたは皮秋の暮 矢印を紅差し指に描いて寝る 耳たぶに戦の残滓きのこ飯 爪立てて登る昼間の処刑台 中指や空のまはりはお婆様 赤とんぼ木星海にさらはれし 秋の水美しき皮二回剥く |
茱萸 木内達朗 梅雨晴間急坂匂ひ立つを行く 茄子の今生まれたやうな形かな 万緑や汽車どきどきと発車せり 吾が肌に増えし黒子や朝曇 夏夕何やら青きテレビかな 鳳梨を提げて真赤な橋渡る トラツクの色塗り替へし夏野かな 甘藍の回る音して雀出る 這ふ蛇と這はるる土地の肥ゆるなり サングラス外してたたむ揚子江 河童忌や滴り落つる蟻の列 舟底に不協和音や夏終る 朝霧や離れて座る漫才師 土手を沿ふ土手の小道や鳥渡る キヤラメルの箱の重さや水澄める 秋うらら君の嫌ひなもの茹でる 手風琴忙しきかな秋麗 哀しみの中に石あり烏瓜 茱萸見れば茱萸と言ひたくなりにけり とほあさに鳥の影差す原爆忌 | 健康 長嶋肩甲 英会話ペラペラなので巴里に行く 右頬に飴寄せたまま夏に入る フランスパン端まで食べて夏の雲 毒のない蛇をわざわざ観にゆけり 君の輪郭なんだか変な夏休み 張り切って洗濯すれば揚羽かな 思いだし笑いの午後にハムを切る ただの御飯ただの胡瓜と扇風機 おしまいの日なので眉毛剃ってみる アイスキャンデー当たりが出ればもう晩夏 休暇明け大きなピースサインかな 平凡なセンターフライ秋の雲 サイドカーカーブを曲がる秋の峰 色鳥や内ポケットに月の石 秋晴れて交互に絞るボルトかな 体育の日東京ガスの人がきた 寝癖だらけの頭の上で秋祭 流星や用事ないけど電話する チャンネルを右に回せば野分かな 靴底のごつごつしてる僕の秋 |
砂糖水 東李桃 春風の乾かしてゐる靴とわたくし 組み伏してしまふ仏の顔をして 素裸で口づけ交はす春真昼 種ひらくやうな口づけ永き日の 夜になつたらお別れですね春法師 お入んなさい蒲団の中の暗闇へ まだ胸がどきどきしてる夏至の宵 いつせいに水冠のひらく道 氷菓子祝福されるさみしさよ けんかごしの会話はじまる入道雲 炎天にふうせんうすくとびゆけり くちびるの砂糖をどうぞかぶと虫 ゆびさきに火薬の匂ひ良い夢を 目を見てて目だけ残して消えますよ えびのひげくすぐつたくて夏終る 引つかかつた時のかたちに乾く布 ぎんやんま幼いころのひどいうそ ラマの目の青年白い菊はこぶ かりそめの皮膜重ねる林かな 穏やかな気持ちの底にぶだう球菌 | じゃぱにずむ 喜蔵 糸瓜蒔く蔓ねぢくれよねぢくれよ むずる子に誰(た)がよ誰がよと百日紅 身も髷も小さき老婆の水回向 あらいぐま林檎を抱いて夏毛なり 夏野越え誰乱るるや風の裾 逆らはぬ雛の目をして嫁ぎゆく 虫干しの山高帽子に気概あり 黒塗りのベンツに映る花水木 逐電し涼しき月となりにけり ダイ・インへまぼろしの雪ふりつもる 星雲の腕は己を抱きしか 春雨やミュートのラッパぽおぽおと 恋失くす深爪をする桃囓る NECの猿と語らむ熱帯夜 丸臥しし女はすだれの影の中 黒冴えの南部の鉄が風の王 足首を覚えむとす会釈する 梅雨の午後抽き出しに晴れ着沈めり 花嵐すべてわたしと思し召せ 引越や夏果つ庭より動かれず |
通天閣 寺澤一雄 清水湧く地下鉄飯田橋駅に 結婚式の写真の妻は首長し 蝉の穴より問題も出て来る 三角洲全体がもう茂かな 人の血を運んで来る蚊を打ちぬ 鈍行は夏野に沈み染まるかな 飛んできて蝿取紙にくつつきぬ 海水を満たして港十三夜 地図帳の北海道が切られけり 花火見て来て関節の緩みけり 橋上の不安な人や揚花火 東京モノレールより水母見下ろしぬ 芋の露集まりすぎてこぼれけり 黒鯛の脂浮きたる潮汁 三十年前もラーメン食ひにけり 風吹けば山崩れけり秋の暮 月見れば月のこという二人かな 錦蛇皮たるみをる残暑かな センザンコウ摘み出されてしまひけり 山見えて通天閣の上涼し | ないてゐる 蓮菩 じつとみてゐたら駄目です猿怒る 枇杷の木の枇杷喰う猿に威嚇され あきらめて座つてをりぬ蝿叩き 梅雨寒や見知らぬ町に和菓子店 指先の力を抜いて虫の声 くちびるを失つてゐる夜寒かな 竜胆や本気になつてしまいさう 船虫や行方不明なのは私? 足首を捉へられたり薮からし 台風を追いかけてゆく猫車 白萩やほんとうの血の味を知る 木犀や指があなたを覚えてる 言葉みな短歌になりぬ秋の暮 どうしようもなくぬれてしまつてきりぎりす 亡き母の描き眉細し草ひばり 蚯蚓鳴くこめかみ重き鹿の骨 青蜥蜴小さな尾翼を持っている うち払へぬまなこ来てをりくつわむし 虫の音の闇寄せ来るや孤独の死 今宵また蜥蜴のしつぽ余りたる |
茄子投げて泣くぞと思つたら泣いた 村井康司 白南風や二億のわれの滅びゆく 肩と腕奪はれてゐて明易き ふるへつつ我等番ひや旱星 汁垂れてぬるきトマトの微風かな 先生は虫ピンを蛾のくびに刺す つかまれし喉元の痣美しき 腋甘きフランス式の昼寝かな 租界めく町に匂ひや夏の果 秋天や笑はぬ顔の五、六十 絶唱の皺に色あり鱗雲 美粧せるふたりのをとこ破芭蕉 白湯飲みて舌の記憶や秋黴雨 とんぼうの眼のほかはみなひかりかな 石投げて右肘痛し秋出水 鼻あてて白き額や水澄めり なつかしき秋波に会へり薄紅葉 なみだ目や三十八歳きのこ摘む 喇叭吹く目病み男や秋祭 けふきみは何してあそぶ鳥渡る 地に伏してあまねき秋を惜しみけり | 夏野原 田辺一教 お風呂から作り始める夏野原 側溝に突き出ていたる夏の草 茴香や研究棟に犬鳴ける スコールの道を五秒で渡りけり 夕立や俺は栄養失調だってさ 三輪の荷台にそべり涼しけれ 酷暑あり壁の汚れは懐かしき 十字架のような電柱続きけり 洗いもの岸辺に置かれ椰子盛り 日盛りや仏はみんな欠けており めまといの過ぎゆく遺跡過ぎゆけり 濁流や鯰千匹鯉二匹 水売りに呼び止められて火を灯す 夕涼み犬五六匹起きている 蜥蜴いてからかっている蛇の下 水細く流るる道や秋めいて 青草の塞いだ道を秋澄みぬ 通い路の窪みにとんぼ息絶えぬ 祝婚歌とんぼのつぶてかいくぐる 薄き影割って我ゆく九月の夜 |
バード・オヴ・パラダイス 遠藤治 きみと会ふこの世へ続く花野かな 稲妻にうたへ私の好きなもの またきみがはなしをかへるねこじやらし 天高し山下洋輔トラムポリン 十三夜きみの後ろに立ちにけり 楽園の鳥三度啼く秋の暮 ソナチネの石段登る秋の暮 一邪飛に虫鳴きやみぬ秋の暮 五回裏二塁透明秋の暮 馬券てふもの拾ひけり秋の暮 神々にバグ潜みたる秋の暮 二歳半人語を交わす秋の暮 気になればまたマンホール秋の暮 小倉山秋に出でたる恋の猫 爛秋や石造りなる水路閣 バス停でふたつばかりの時雨かな 小春日や蜂のごとなる人の腰 初霜や独といふ字にけもの偏 いつせいに溶鉱炉めざす虎落笛 寒星や細き人には細き筆 | 花野 川上弘美 屋根裏にあそぶ姉妹や明易き 青桐や走りて越ゆるたいこ橋 どきどきのわきいづる丘夏帽子 螢見や二の腕にある小さき痣 読みふける少女の素足籠の猫 髪濡れしまま寝入りけり茶立虫 水脈の大河に会ふや夏の蝶 月島や囲まれをりてねこじやらし 古き森古き祠や星月夜 だんだんに長くなる橋糸蜻蛉 黒猫のまるく眠れる花野かな 秋の日にあたためられてあしのうら 雑音の多きラヂオや青蜜柑 秋扇をひらきまた閉ぢ世話ばなし 蜻蛉の顕(あ)れて崩るる万華鏡 蓮の実の風のなくして飛びにけり レンズ雲抜けくる鳥や草紅葉 ともだちの見舞ひ帰りにつむ薄 蟷螂の歌集の縁にとまりけり 冬林檎かりりと齧る会ひたしよ |
春になる 手嶋崖元 小説はどうしていいの春の泥 ちり紙に鼻血のついて石鹸玉 舐められているブルドック桃の花 寝返りをうってはならぬ朧かな 次々と指重なって春の空 ぶらんこに一緒に乗った人は癌 説明を聞いてくださいチューリップ 春の蝿ピンクのシャツにとまりけり 花の雨ポケットで指動かしている 飲もうかと誘ってくれたプラタナス いぬふぐりなんだか変ないぬふぐり 季語を着て季語食べている三月や 人間の屑好きになる糸瓜撒く 朝寝するあなたはこのまま目覚めない 俳句詠む天才もいる更紗満天星 春暁やお化粧をするシャ乱Q 友達の裸眺める木の芽時 君のため思ってと言ううすごおり 草原のぼんやりとする色々な脳みそ 春の海しなやかな歌わたしは馬鹿 | 日月丸 野晒 冷房を先に切るのは誰?貴方? 名月や白旗を振る丘の上 当て馬の先行するや鰯雲 デキャンタのワイン透かして月見かな 十六夜銅鐸掘り出す陰陽師 海豹が手を振っている初秋かな 秋麗ら少女ハモニカ吹き歩く 不知火の海懐かしむ日月丸 居酒屋で泡沫候補夜食とり 生あくび噛み殺すなり秋の昼 ラーメンに餃子を付けし暮の秋 そぞろ寒とりの真打ちやる気なし 光速を越えてとろろの鉢を摺る 二等辺三角形に鳥渡る 首都高をぐるぐる回る夜長かな 秋の夜ゲームソフトを借りに行く 天高しベンチの端に鳩の糞 秋深し美術館ではたたき売り 秋惜しむレッサーパンダそぞろ鳴き 冷やかに蜥蜴と歩く古戦場 |
ひとり旅 木綿 夏の昼夜鷹になつた夢を視た 二十二にして慰謝料貰ひ青すすき 髪切つて見せつけてトマト冷やしてる 夏寒し憎悪のかほして去りゆけり 吊忍漢方薬と旅に出る 小海線いきなり旅情夏帽子 蝉の清里にベトナムの店ありぬ 店員は若葉の恋に似てをりき 御別れにキャベツの如く指環買ふ 夏の匂海の匂来たぜ松島 魚雲入道雲コーラみたいな海 小岩井の羊と日蔭を描きとめる なま語り部に会へぬ遠野駅のジョア 帰省子は東京弁で思考する ふるさとのホルマリン漬に再会 海月のやうに睡るのは病まひでせうか 生理不順だから天花粉似合はない 脳は葛自律神経可笑しいの やはき土を蟻と象が踏みしめる マリアさま頸から皮が剥けました |