第六号自選句



駒場
          遠藤治

廃寮に鼓笛隊鳴る冬の朝

コロラドの女主人も着ぶくれぬ

小春日や初めてくぐる東門

水底を叩いてものの泳ぎ去る

ふとももはかほよりふとし冬日向

冬銀河秤の皿の懸想文

声を上げ膨らみ廻る色立体

いちめんの車眩しき寒の凪

歳晩のながき竹輪のおでんかな

動物の話などせむ蕪汁

二十まであひると数へ除夜の風呂

年越や岩波文庫虚子句集

大寒の何やら尖る自分の歯

便座温し藤吉郎の首を討て

春隣黒い大きな家具を弾く

鬼は外華麗なる大円舞曲

振り向けばあるかも知れず蜃気楼

春の暮ただひたすらの味の素

溜息の天に上りて鳥曇

春燈や婚前交渉てふ言葉

油揚げ

          蓮菩

逢ひみての後のうどんの油揚げ

いかんせん伏せ字の多き夜長かな

慈しむとも凍えたる足のゆび

触れられし跡あかあかと秋惜しむ

こぼれ萩乳房切るてふ電話あり

紫陽花の色失へる寒さかな

長靴の男ばかりの薬喰

百五足靴預かりぬ年の暮れ

中庭は足場を組めり冬の空

冬空の状況世には犬の満つ

うんとこしょどっこいしょとひくにせかぶら

イラクにもアブラカタブラ冬来たる

靴下の白さ気になる春の昼

脱ぎ捨てしままの靴下春日射す

菜の花や後藤肉屋にバスで行く

猫猫と猫犬と居る春の夜

あざらしの転がり来たる齢かな

腹を打つ音響きたる春の海

ペンギンならんでなのはなばたけ

花見には花を見るのだばかやろう



冬最中

          寺澤一雄

杉の木は百年前に曲がりけり

月光に刻まれてゐる身体かな

冬耕に鉄器のほかは用ひざる

高階にゐるセーターを脱いでゐる

鼠色と言ふかもしれず印度象

菜の花や電気を使ひ電車来る

角あれば散髪の邪魔冬の暮

夜汽車よりホーム短し浅き春

闇黒や富士は確かに其処にある

塩薄く積もりて陸は果てにけり

クリスマスイヴに費やす言葉かな

見て聞いて冬の泉と知りにけり

砲兵歩兵工兵騎兵肉団子

緑川時蔵の死や初霞

御神体ならば酒飲み飯食らふ

白梅紅梅梅の香や地震国

電子顕微鏡写真見て寒し

椎の木通りと樟の木通り交わりぬ

寒い中来て馬二頭見て帰る

牛久から荒川沖まで雲ひとつ

陽炎の向かふ

          古谷空色

七草の粥に小さきつぼみかな

薄氷の姉よ昨夜より風やまぬ

騎兵隊去りし画面や春の蝿

春の夕酒来れば猫放しけり

チエロ抱いて過ぎる墓場や春の月

春燈や人形の魔羅美しく起つ

陽炎の向かふを飛べるてふてふかな

老兵やサマルカンドの春の月

てのひらの寂し春夜に潮引けば

春やうつ伏せの保母しのび笑ふ

春陰や鼻絡め合ふ印度象

黄砂降るアルミニウムの爆撃機

彗星を見む春燈消しにけり

春愁や薄赤きざす金魚の子

ホツトドツグ芥子よく効く干潟かな

吾が唇の荒れしを使ふ日永かな

汝が名のみ知る春嶺の名は知らず

いたはれば辺りに草の萌ゆるなり

春濤や貝より白きシヤツの袖

風上へのぼる力や春の鳶





フィットネス

          優璃

ニンジンとささげで祝ふ聖夜かな

右肩の冥王星や寒に入る

豆餅に杵のかけらの混じりをり

満潮の波止場で腐る箱男

遠山にヤコブの梯子掛かりたり

ローラー式洗濯機に棲む隻眼母

夢飛行海岸線に沿って飛ぶ

落ちながら全部外れる関節や

誰かぼくを呼んでいますかデパートで

春あらしやたらと人の死ぬ映画

春節や極彩色の廟のある

作業所の重たき椅子や雪やなぎ

もぐらもち私に少し土をくれ

髭伸ばしフィットネスへと行き初めぬ

エアロビの掛声競りに似たるかな

使うあてなき筋肉の太りゆく

果てしなき水中歩行に挑む婆

水ぬるむシャワーの目盛ひとつぶん

サウナにて見知らぬひととにらみ合ふ

クロールに抜かれてもなほ平泳ぎ

肝油ドロップ

          東 李桃

片恋や背にちよんちよんゐのこづち

しまふでせう蝙蝠の飛ぶ線路脇

深爪の指を見せ合ふ十三夜

林檎食む遠くに並ぶ膝がしら

帰り花あしたはとほい場所にゐる

満願や霧雨ちらす青き傘

慈しむ闇の深さや冬に入る

肝油ドロップ一人にひとつ冬の朝

寒空に立つ一本の杭になる

冬の波少し未来のことを問ふ

蕪蒸しの蓋いつぺんに開く村

寒月や分娩台の黒き紐

二色刷り絵本はずつと冬の街

手袋や好きかもしれぬ人になる

春近しピキピキうさぎ顔をあげる

春霞めがねのつるを買ひにゆく

春燈のぽつくりともる集会所

放課後や職員室のひなまつり

地震(なゐ)ありて手を握りあふこの世かな

籾殻に君の万年筆や春







          田辺一教

太刀魚を食う間に鰯雲消える

叱責に苺掘ってはあなたへと

電線の投網にかかる冬の道

枯枝が轍の中に溜まりけり

感冒の話は続くお茶畑

冬の夜や眼下に伊勢佐木大通り

満潮来る冬の船虫太りけり

新装の床屋へ寄りぬ冬の晴

土手の上鴨になりたい人ふたり

やわらかさ足に伝わる二月かな

当然に踏む石畳春の国

仕立て屋の鋼のアイロン春の国

奏でるや古城の中のチューリップ

捨牌は調子こいたよ藜の野

七色に岩を錆さす初夏の苔

檳榔樹けんか別れの星の丘

あんず咲くここにある穴逃げるため

火の神を見つけファミコン世代かな

礎やいくつも雲の影降りて

礎に蟻は今でも住み続く

サマータイム

          手嶋崖元

夏の山帰りに猫の餌を買ふ

ぷくぷくと多行俳句を朗読す

噂では蛇衣を脱ぐ君も脱ぐ

短夜や人肉楽器試験管

変な笑顔夏手袋のやばさかな

水無月の尿瓶にありし乳房かな

猿と目の合ひし予感や夏の雲

母の目や娘の目かな夏の果て

蒲の目の中の吾の目エゴイスト

七月の雨たまるかな丸太小屋

炎天や真白きものを並べをり

香水やはなびしびしとなりにけり

夜夜の御伽小姓やグラヂオラス

アマリリス犬の成長止まりをり

サルビアの語源ゴルゴンゾーラはチーズ

紅の花母は入院子は退院

芋の花打楽器と君鳴らしけり

トマトメロンラッキョウイチゴ恥ずかしい話

この魚の三つ目の謎や桜桃忌

ゆでたまごゆつくりゆでるゆだち来よ





カラテカ

          肩甲

満ち足りて自分のためにむく林檎

林檎一つむいたそばから食べてしまう

蕎麦殻の枕に足をのせ眠る

寝るだけの部屋に三台もストーブ

素通りの商店街に帰り花

待てといわれ待つ男なり冬日向

ひなたぼっこ黒鍵のないピアノかな

グランドピアノ真ん中のドはどれですか

ドーナツを食べ終えし手の甘さかな

海にさかなガンジス川に女の子

元日に三台並ぶ消防車

晴れるからサンデーといいハーモニカ

冬の散歩止まれの文字の長さかな

まんぼうの卵は二億大因果

さんりんぼう遠くの方のカナダかな

緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェかな

青の時代自分の星座を見たことない

女正月ムンクは叫ぶのみにあらず

大声を出してしまったからっかぜ

カラテカは崖から落ちてしまいけり

おぼろ

          川上弘美

あなた嫌ひですひよ鳴いてをります

冬の虹種あまた地に埋まりをり

海上を貴婦人歩くときは雪

こんぺい糖計り売らるる聖夜かな

寒紅や青年不躾なるを許す

天気図に快晴多し青木の実

文旦や香港市街地図もらふ

むささびの滑空母の笑み怖し

天窓を飛びたつ鳩や冬日和

小指にて紅なほさるる冬の蝶

柔らかく真珠ぬぐふや寒桜

川越の路地にスカラ座冬ぬくし

屋上に少年歌ふ深雪晴

大鰐のみじろぎ寒の月の満つ

恋愛の如く吾が子と抱きあふ

大寒の氷は海へかへりたし

四温なり僧侶の腕に金時計

石ごとに一羽のかもめ春の河

春陰や小匣にしまふ古き櫛

根の国にかささぎ笑ふ朧かな





惜春

          木内達朗

鍵束の鍵冬空に響くなり

銀皿に色鉛筆や冬の朝

素足にて履く革靴や霙雪

オリーブ油湛へし壜を冬日向

寒林を自転車細く抜けにけり

厚氷割れるごとくに凍るなり

スカートに暗き影ありクリスマス

聖夜なりそれぞれ拗る撞木鮫

吾が腸の出来の悪さよ沈丁花

家出ると言ふなり梅に出会ふなり

津波にて来る巨木や揚雲雀

大蒜の架けられてゐる大樹かな

何物も栽培されず春疾風

春塵となりて畑の傾きぬ

春塵の道古くせる夕かな

春燈や研ぎて瑞西の鑿薄し

てらてらとほうれんそうのおもたさよ

夜半の春パスタの艶のをとこかな

真夜中に茹でるパスタや沈丁花

アリオ・オリオ・ペペロンチーニ春惜しむ

冬春           鉄村明美  

大陸に江戸紫の毛皮かな

息白くなることもあり水路行く

天上の枕動かす寒さかな

連れ帰る蕪の紐を引いてをり

水仙を見てゐる上目使ひかな

眼の中の青きところや冬の蝶

左手で握る鋏でポインセチア

小春日の硝子の中の葉書かな

早春や壁に凭れて背丈知る

千代紙に怪獣がゐて春の地震

春昼の行間にある因果かな

石使ふひとりあそびや沈丁花

純情や堅き額と耳の春

空気穴開けたる筒や春の風

春燈上着を椅子に重ねおく

春雷やここにはぬるき骨座る

五億年前に生まれし菫かな

綾取りの指のかたちや蜃気楼

花時の旗をくはへてゐる犬や

晩春の音する夜と夜の蓋





色彩賦          喜蔵

風去つて猛く夕映ゆ雪野かな

客もなしとろりたらりと屠蘇を注ぐ

小春日や古家にふと木の香立つ

マニキュアでポンチ絵を描く春の宵

ほむら輪に緋袴の鬼女花篝

春宵や応挙の藻髪も色めきて

デネブ冴ゆ野の人の胃に熱こもる

海のどかしばし眠れや蛭子神

目も清(すが)し差す手も清し男舞

墨の香は青くほどけて風光る

脱ぎ散らすシャツは油脂の香汝は男

バカヤロウと紫苑に言いし娘あり

丸小餅ふくき乳の香手に移る

白百合の腐(くた)るを待ちし達磨かな

野分吹く蜻蛉の浄土に白い月

伏せ字した墨も褪せたり冬日向

夢果てて枯淡も知らで野を走る

悪態を呑みし女の顔つるり

秋深し夜の円弧の透徹す

狂ひたしと訪ねて静か道成寺

天国

          金田孝子

でたらめな歌うたひをり冬銀河

東京は遠きと思ふ霙かな

大寒や鉄の心を買ひにゆく

寒雷の耳より胸に響きけり

魂がなつかしがるよ深雪晴

蜜柑剥く雪踏む音に似てゐたり

相聞を聞くばかりなり竈猫

セーターが後ろ前てふたんこなす

春待つやトンネル多き飯田線

寒明や底から掬ふカレー鍋

立春やぐるぐる歩く菓子の城

バスで行く小さき国や日脚伸ぶ

刺さるより抜くのが怖し涅槃西風

春の雪激しく降りてみな消えし

日記はや空白多し幻氷

北窓を開けて倉庫の続きたる

齧りつくフランスパンや春の波

坂登り狂病院やシクラメン

しやぼん玉動物園の入り口に

山頂にふらここ置かれ天国へ





ふとつたふたり

          一鮪

じゆんばんに崩るる山や神の旅

鍵であるとかないとかや白粉婆

すゐせんにつまさきあかく残りたる

薬屋を見てゐる達磨忌の女

おとうとの人魚ふくるゝたび嚔

大寒の蓮根の穴は満たさぬ

たおされて奥の襖へつゞきたる

ぷちぷちと狐を撃つてゆく怒

封印やうすむらさきの夜着の陰

若水やひかるはあれは肉でなし

てざはりで欺く裘二枚

深雪野にふとつたふたりのそつくりさん

のつぺいや紙筒を覗くる右目

背すぢまで舌ゑんゑんと枯葎

押し入れの王様しづか寒茜

寒天を覚めないゆめのやうに干す

やはらかき殻ひき摺つて花疲

昼の宝石昼に閉ぢときどき麗

歯車や陰画の姉はことごとく

海に増ゆる探偵昨日蜆汁

夢の田螺

          佐怒賀正美

地獄図の嗤ひは雪に跳ねだせり

甌穴にまなじりのなき寒さかな

雪山に阿吽の金のまなこかな

雪じめり真野に息づくたましひも

彼の世にはすでにわたしがゐて霞む

朝寝してわれ点描となりゐたり

いつせいに千手菩薩のしやぼん玉

東京の穴ぼこ跳んで猫の恋

うららかや鳩の残像たひらなる

ブロンズの大きな耳や遠雪崩

つばくらやあがりて香る鉋くづ

紙吹雪浴びゆく春の酒神かな

やわらかき光体であり夢の田螺

皮下脂肪燃ゆるに似たる朧かな

風の座のあらば百座の紫木蓮

たけのこのほこほこ前世日和かな

反りきつてもどる舞踏や夜半の春

うごめきて宙刷(は)く脚や春の舞踏

胸つきだして春の時間になりきつて

舞踏を閉じ込め二重なる春の闇





腸詰とパセリ

          亀山鯖男

炎症を貰ひぬ四人の僧侶より

アルミ箔広げて腕敷きつめる

イ印も伏せ字もありぬ冬の宿

妹も目あり目なしの深海魚

海盗む計画ありし寒の明

去年今年どこぞの孔に紐挿しつ

蜃気楼ゐんぴんたいたいきゆのきゆらす

太陽は水玉模様いぼむしり

大理石模様の海に百合の花

地に蕪天に逆さまの恋人

天皇誕生日腸詰詰合せ

垂るゝもの暗号表といひなづけ

羽根つけて春の港にゐる秘密

触るゝかな汝の手足は菊人形

弁財天パセリのやうに笑ひけり

贖物や都会に残る白き玉

満腔をみづ溢れたり残り鴨

油膜より生れいづるもの夏の雨

Q国の法に触れをり人丸忌

秋の水宇宙くびれてゐたりけり

蓑虫

          木綿

親友とかはしあふ嘘しんちぢり

猿と喧嘩して尼にならうと思ふ

木枯に蓑虫の糸今切れた

寒き夜歯喰ひしばり歯痛くなる

寒いからわたしのしつぽが巻いてゐる

兄の為の玉子酒つくり方知らぬ

冬銀河もうすぐ死ぬから薄化粧

ポインセチアの傍にお父さんたくさん

日記果つるまで祝日費やしぬ

除夜の日にからだじゆうをいれかへる

かなしいときの蕪の御御御付け

三日でたちなほるの法則山眠る

鉄亜鈴持てぬ女を愛すかな

冬の陽はあつたかい光合成しやう

いちばんに好きなポオズで日向ぼこ

すり硝子ドアにはりつき日向ぼこ

巫女剥けばすみれ模様のきゃみそーる

キレのある立居振る舞ひ春時雨

ちゆうりつぷ晴れてゐるけど凍へさう

針金の突き出してゐる春野かな





只事

          野晒

持ち込みで飲む杯や朧月

早春は風速五十メートルだ

三月のルーズソックスピンク色

人切りの刀研ぎ出す春の雨

啓蟄や昼寝の顔に蝦蟇がえる

くしゃみして見る青空や涅槃西風

氷解川の中にはメダカあり

春闘の喇叭哀しき日暮れかな

辣韮で耳を塞ぎし木の芽時

春燈や油舐めたる我が女房

火を放つ瞬間我に春の風

あの馬鹿を殺せば済むか朧月

うたた寝に見る運命や春の雲

春麗ら深川飯を食べるなり

夜半の春猫集会を始めけり

のどかさやタイムカードの壊れおり

居酒屋に入りにくしは日永かな

ビル街の影柔らかし春日かな

春風に抱擁されし少女かな

夏近し道行く人の光り出す

煮凝や此いじやうほざくと吐くぞ

          村井康司

持ち重りする人体や烏瓜

放心の目よ蒼穹に埃満つ

砂掘りて泣く理由なし楽隊屋

葉脈や血行悪きくすりゆび

雷鳴と楷書で書きし女かな

干満やわれより先にくづれゆく

牡蠣剥いて薄きひかりの河口かな

めぐる血や鴨に河口の砂の味

廻し喫む細き煙草や亜大陸

終電や女の掌なる冬林檎

みぞるゝやねむたき人の声甘し

極月の首都に罅あり梓弓

火事跡の机の匂ひ嗅ぎに行く

指ながき女の骨と枯木かな

冬薔薇や発声練習うつくしき

万物が酒の肴や福達磨

雪擽潰れて水の匂ひかな

寒さうな声で寒いと言はれけり

太平記異本に鬼や嫁が君

去年今年貫く指のなまぐさき





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