第十号自選句




海ほたる

        遠藤 治

探梅や歯茎の如き土踏めり

よく食べて山の如くに笑ふべし

川の字の流れ絶へざる春の夢

朝寝から覚めて八時半の男

春昼の炭酸同化作用かな

がうがうと地表を覆ふ花嵐

滑走路跡なる桜並木かな

満開や古き写真の人となる

きらきらとものみなひかる虚子忌かな

囀や釘をくはへて立ち上がる

女子高生みな蒲公英の絮となり

葡萄状球菌もゐる弥生かな

牛のゐるあたりで蝌蚪を捕りにけり

愛欲やだらりと重き鯉幟

船で行き歩いて帰る暮春かな

波を読む三半規管夏来る

夏を告げる公園管理事務所かな

サイダーを盗む角度や腕相撲

背の高き甥の日陰を歩むかな

隧道を抜けて蛍となりにけり

ほろほろと

        植松大雄

秋天や八本ゆえに蜘蛛勝る

蟷螂の緑の自我や石畳

への字口上手にまねる秋の水

お金では買えぬ哀しみいわし雲

隧道を出るたび秋の川一つ

秋茄子や思われにきび消えのこる

君の名を忘れてしまう流れ星

木の実降る王は追われて目を病めり

冬あかね刃こぼれはげしき地平線

ロボットのスチールドラムのうがいかな

冬の海和音をもたぬとびの群れ

半島は冬の海市へ伸びゆけり

三寒の四角四面のバターかな

二人して背中のまるい枯芝生

手袋をしたまま終わる一日かな

転轍機西へとそれる春隣

立春やふれれば沈むうす氷

紅梅を見上げる頸の寒さかな

燃え上がるゆびきりの指二月尽

水ぬるむ酸いも甘いもほろほろと



BABY BABY BABY

        肩甲

ブランコしか座るところのない晴間
            うらぎりそうな君の揺れ方

恋散って腕組みをする女かな

仲裁はぽくぽくと割る寒卵

革靴で公園にいる冬の昼

年末や仲悪そうに佇んで

右手だけピアノ上手で年暮るる

去年今年まっとうに咲く冬の薔薇

自由だが自在ではない薔薇の冬

ゼリー喰べゼリー語になる夜長かな

初夢は歯医者に苦笑されており

うわついた恋する冬のパラボラは

冬の恋軽きスプーンを差し出せり

ぱらぱらとすくうカレーや冬銀河

公園のギターケースに積もる雪

ひょうたんに護られている冬の家

ひだまりが「大人は判ってあげない」と

春は地蔵ベイビーベイビーベイビーと

運転を教わっている運転手

春の地図楽譜に描いてもらうなり

アコーディオン広がって閉じ春の色

ニューバード

       丁田杵子

山登り地蔵は薮を先走り

川に鴨ゐる日ゐない日けふは二羽

くねり川ニューバードてふ焼鳥屋

茅葺きのむかうの蜜柑この蜜柑

寒燈や時計の中で寝るうさぎ

少彦高天原へ鶴駆る夜

図書館を出づ寒靄は額で受く

発奮を願はれちやつたおでん煮ゆ

大寒や湯の上底を押さえ込む

雪だるまひとつ大玉ふたつ出来

春隣星へ仰角九十度

鳥雲に牛はバケツの音が好き

梅が枝へ歩む貧福貧福と

紅梅や彼方の椅子が日を集む

春の雲かすれる方へ電車で行く

春風や長門峡に明治の子

朧夜を電話槽まで泳ぎけり

恋果てて春泥薫る足の爪

春の浜空の言壷散乱す

陽炎や記念日祝ふ壷底国



NIKEの箱

        北野勇作

秋晴れや一万人のエキストラ

土曜日の市場は苦手秋の暮

分度器を透かして覗く冬日かな

南港の冬ジンベイ鮫の墓標

青色のザリガニの夢初氷

パンの耳もとめて迷う冬の露地

蕪提げて赤色エレジー歌う人

春を待つ亀はNIKEの箱の中

小春日や呪いの面を修理する

銀幕に浮かびし亀の鳴く日かな

風上

       木内達朗

ペンギンのなで肩抱けり涼あらた

放屁虫葉裏に透けて動かざる

羽落ちてくることもなく鳥渡る

秋の蚊やプラットホーム先細る

水澄める谷や眠たき切り通し

本閉ぢて目玉振り切る枯葉かな

ごきぶりの頭をこらとたたき冬

原宿に蜂横たはる冬日かな

山降りて山に風上残りけり

とりこはす学舎ひとつカレー煮る



水分

        村井康司

裸体画のかほあどけなし冬茜

風邪ひいてうるさき人となりにけり

冬ぐもり氷屋の旗ありありと

待たせたるくちびるに雪付いてをり

硬きこゑあげて鏡の中にゐる

禁色や溶けながら降る春の雪

ペン先のきしみて氷河期の予感

歯に滲みて風に雪解のにほひかな

涙目を春一番に晒すなり

うすぼこり越しの地平や夏蜜柑

あめつちに水分足りて桜の芽

腸(わた)ぐるみ燃ゆる目刺や人死ねり

喪の家に木の香は強し春の雨

彼岸会のバット提げたる家長かな

白昼と犬が来てゐるさくらばな

咲き迫る桜や腕立て伏せひとり

濡れティッシュ抱へ花筵の客である

上半身のみ着衣にて花の冷え

四人ゐて悲恋三つや夕桜

みぞをちに果汁垂らして春惜しむ

受容

       金田春野

難産といふべきものや春を待つ

花冷えや愛と受容を説く君よ

パーばかり出して負けゐる櫻かな

職なくばかくも寂しき花の昼

断片の記憶をつなぐ夕櫻

  林礁さんへ
櫻散る酒つぎしこと一度きり

春霰ふれもせぬ恋のみ残る

東へと雲ながれゆくしやぼん玉

春笋や招待状に金の縁

春の服風にむかつて歩きけり

土筆野や地図の記号に◎

初午や青く匂へる藁の馬

春炬燵茸のやうな老人と

片栗の花や齧りし黒砂糖

桜餅けふも目標忘れをり

車椅子押すに慣れたり桃の花

寺の空狭くなりたる苗木市

うららかや海に建てたる夢の国

信号の点滅しずか春の朝

百千鳥わが骨墓をいとひけり



試したい

        蓮菩

身籠もつてカタカナの名をつけました

ひじき煮て居ます仕事は休みです

カルシウム不足の身には春の雷

早春の胎児泡立つ如動く

ぐるぐるとまわっているよ四月馬鹿

橋渡るのは花なづな揺れる耳

そんな目で見たって駄目よ夜半の春

花嵐背広男に吹きつけり

蕗の董まづは名付けよこのとうり

花疲れ大いに食らう奴ばかり

すかんぽを折つた指先試したい

はやりだと言われて入手春うらら

指先に肌の凹みや百千鳥

春の風邪お茶を飲んでも直らない

さくらしべ降る道迷う可能性

マカデミアナッツごろりと春の昼

からまない乙女心よ糸桜

痛まない心は春の服すらり

山吹やイタリア製端布捨ててあり

藤を見に行きて滝見て帰り来ぬ

地霊の目

       佐怒賀正美

天の襞をしたたり抜けて白鳥来

羽たたむたび白鳥の振るおしり

つがひ鴨小鈴の音をひいて翔つ

根負けをして煮凝りになりけらし

天橋にすくふ泉や雪あかね

橇抱いて帰りくる子や凪いでをり

鳥風と打ちあふ光身をのぼる

鳥風を浴びゐて甘き地霊の目

春の雪浮子縄(あばな)についてゐることも

くぐりゆく樹液の匂ふ彼岸かな

くらがりに動く金魚や三鬼の忌

夜桜の股に言霊しろりかん

根尾谷やさくらの精のつぶら翔ち

空洞(うろ)瘤を離れて花の吹き上がる

大ざくら瘤まで空洞のとどきけり

根尾ざくら頽るるままに瘤を抱く

奥美濃のさくらういらううひうひし

カリヨン塔抜け立つ音羽桜かな

魔女の爪よりしだれたるさくらかな

大人(うし)の魂雀隠れをもてあそぶ



ぱんだ

        木綿

近代、稀に見る醜女花盛り

風光る娑婆だぜ皆も笑ってる

やさしき人優しい眼秋の水

レモン噛む目の下のふくらみ愛し

愛らしと言はれ洋梨の形せり

走る時ふくらむ乳房烏瓜

しあはせは原始のよろこび小春かな

冬の日がミルクのやうに溶け出しぬ

冬牡丹真白き闇にあいのうた

水洟やかそけき者の昼寝覚め

呼吸して少年冬の日を目指す

石割れるマングローブの林かな

冬萌や重たき花は反り返る

如月のグンゼのぱんつぱんだかな

花疲れして生くこころ心かな

春服で見にゆくパンダのお尻かな

うたかたや半永久的花曇

桜貝持ち根絶やしにせる在所

少し眠り烏貝の膨張す

体力あり過ぎて困る朝寝かな

二十句

       亀山鯖男

あたたかい機械にさはる吾妹かな

新しき管まとひたる隙間風

おぼろ月夜は老人で出来てゐる

工場の奥にゐるひとあたたかし

転がりぬ春一番の一輪車

たひらなるわたしをうつす春の土

縦書きの安全第一枯野原

生湯葉の歯ごたへヴァレンタインデー

春の雨人間ほどに窪みたる

春を待つ器械のごとく飴なめる

独り言多き会議に春暮るる

引き出しを引き過ぎてゐる年男

ひらひらと飛行機うかび年暮れぬ

風船のふくらむ先のあぎとかな

ふらここのおかされ易きくりかへし

正夢といふマフラーの結びかた

みづいろのてのひらに雪つぎつぎと

見てゐるとすかんぽ人を襲ふなり

珍しき椅子に尻のせ冬の夜

立冬のフックに掛かる楕円かな



流星痕

        優璃

からまつを浮かべて朝の出湯かな

鳥低く飛びにしあとを日の照らす

秋晴れに白き手生ふる古戦場

流星雨流星痕を書きなぐる

流星を十七数え帰り来ぬ

水際縫う足跡ありき冬の朝

おれんじの十字架のある余寒かな

ビール飲みひと寝入りして伊豆の海

線路より湯気の出ている昼下がり

下田着余ったビール持ち歩く

石仏の瞬くまでの浮世かな

蘇鉄の実蘇鉄の幹を離れざる

冬ざれて唐人お吉記念館

HONGKONGのサイダア瓶の円き尻

さくらさくら桜散るとき世を捨てなむ

砂の城取り残されて春の海

春の海目の高さ行く漁船かな

桜散ってパルコの果てにたどり着く

眼球はモナドなりけり春の風

毛並みよき野の背中なで春は行く

砂鉄

       東 直子

海が来る海が来るよと抱きあふ

蕎麦の花小さき返事のごとく咲く

手花火やあをぐらき闇あどけなし

あらはれてまた包まれて秋麗

あをあをと娘らの胸居待月

てのひらに砂鉄しめりぬ月あかり

兄と呼ぶ人弱かりき邪宗門

秋高し分母のやうに満ちる海

満月にふくらむ海や嬰児泣く

小鳥屋の二階の窓やかげろへり

うつぶせに眠る人々青蜜柑

北風や呼ばれて縄を飛ぶ姉妹

早春にふさはしきひと淡水魚

火を守る春の一夜の族(うから)かな

かげろふや小石に名前つけて呼ぶ

老婆から老婆にわたる桜餅

春の闇ゑまひのごとき水を汲む

玉虫や底にあるもの触れにゆく

夕立やさみしき窪に瞳(め)を開く

夏雲と空気のぬけしタイヤかな



冬春夏

        鉄村明美

家中を転がる球や冬の朝

ストーブの前に置く椅子象の顔

手に取つて読む本の嘘冬の昼

途中から雨になる国卵酒

パラボラと遊ぶ老人冬の夜

採点をされし文書や春の犬

歌声の聴こえる墓地に春の月

耳隠す動物のゐる桜かな

解体の順序正しく春の雨

針金を巻きつけてゐる端午の日

柏餅三時と言へば三時半

友達に会ひ虹色の蛇に会ふ

柿若葉普通の返事してをりぬ

背景に緑の蛇の通過せり

初夏の膝にこぼれる切手かな

モノレール動きつつあり梅雨晴間

海の日の英国祭や手をつなぐ

談林や毒消売の行き過ぎぬ

炎天に黒長靴の倒れけり

給仕人目が覚めてゐる夏館

東京豆腐きりたんぽ

       手嶋崖元

片言のロシア語でゆく平野かな

青空や母乳したたりし記憶

セロハンに睾丸夜空包むかな

目頭熱しセロハンテープの匂ひかな

桃色の肉出でにけり夏暑し

飛べ飛べ爪割れし美女ガッチャマン

埼玉や釣りしている人がいた

洋服や東京豆腐きりたんぽ

じやがいもに指入れて出す入れて出す

青空のバトミントンするおやじかな

春日部や猫が子供を産んだ

戒めを与へし夜の万華鏡

鳥殺すまで待つているナトリウム

きちりこちりこゆつくり僕は剥けるかな

ふくらみを胸にたたえし肥満かな

慄然と背で泳ぐ鯖光もの

血の管理御花畑は美しい

聖水と神の祝福土俵入り

お相撲の行進続く秋の夜

父の手で姉を戒めつつ眠る



しやぼん玉

        野沢 雄

梅の湯の上はマンション夏来る

遍路宿卓球すでに五回戦

葛水や苔美しき西芳寺

氷水色紙のサイン色褪せぬ

渓流の音轟々と青簾

冷し酒日は海原に沈みけり

潮干狩り遙か東京タワー見ゆ

しやぼん玉幸せだつた頃思う

春の山見上げし空に音はなし

失恋の心は癒えずイースター

春宵や座敷童の独り言

桜餅ロシアの雑誌眺めけり

春の月酒ゆっくりと熟成す

鎮守には狐の棲みぬ春の闇

寒雀大工目立てをしておりぬ

猪狩や父法螺貝を吹き鳴らす

恋文の捻れて燃ゆる焚火かな

名月や田圃の中の信号機

秋晴や街角に聞く手風琴

新涼や旧字ばかりの文庫本

徘徊録3

       寺澤一雄

日の丸の表裏や赤き●二つ

長くある長斧の取っ手朝曇

秋彼岸投網は水を逃がしつつ

流氷の流れを止める日本かな

攫はれて温帯に住む孔雀かな

十二月宇宙に皺も果てもあり

秋立つやコモドオオトカゲの子供

かの星に水母に似たる人住める

ガソリンで船動ききけり秋の風

おほかたは空を使へり神の旅

浮く人は波の形に曲りけり

給食や箸は自分のもの使ふ

海浜や鼠は山を振り返る

冬来る戦車に当たる戦車かな

お彼岸の顔でさめたる蒸しタオル

神らしきもの流れ着く出水かな

翼無く飛ぶ危ふさや春の暮

赤福の餡のみ嘗めて百千鳥

如月の海より石を取りだしぬ

悪態をつく携帯電話そのものに



ホッチキス

        一鮪

錠剤のほの甘くあり糸切歯

繊維街映して兄の水しづか

耳として地図をなぞりぬ春の雪

みづおとにありもせぬほつちきすかな

薔薇の芽のゆめが育てし郵便夫

沈黙の臓器の春の指数かな

おてんきをうらなふおとな桜餅

夜半の秋ちいさき貝を哺むごと

地球儀の了りに立てし黄水仙

脈拍のただれていつた映画かな

       



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