『真神』を読む(4)

                      村井康司

17 眉間みな霞のごとし夏の空

18 顔古き夏ゆふぐれの人さらひ

19 鬼やんま長途のはじめ日当たれり

20 蒼白き蝉の子を掘りあてにける

21 草刈に杉苗刈られ薫るなり

22 蛇捕の脇みちに入る頭かな





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17 眉間みな霞のごとし夏の空

 かすかな、しかし深い懐かしさと悲しみに彩られ、不安とやすらぎがない交ぜになっている不思議な「放心」の状態を、この句は鮮やかに喚起する。

 「眉間」が「霞のごとし」だというのは、いったいどういうさまであるのだろう。素直に読んでまず思い浮かぶイメージは、人の眉間がかすみ、はっきりと見えていない、という情景である。とは言え、日本語の慣用句の中には、「霞のごとき眉間」という比喩は存在していない。既成の慣用表現には存在しない喩を作りだし、読み手になんらかの衝撃と了解を与えることが、詩人の任務であることは当然なのだが、ここで三橋敏雄が提示している「霞のごとき眉間」という比喩は、「目がかすむ」(俳諧での名詞的用法の例としては、「年よりの眼よりたつ霞かな 為春」がある)「霞の眉(=美しく化粧した眉のたとえ)」という、霞と「眉間の周辺」をめぐる慣用表現があるだけに、何とも微妙でもどかしい「宙づりの親和性」を、読み手に与えるしかけになっているのだった。たしかにどこかで見たこと・聞いたことがあるような、しかし具体的な意味を思い出すことがどうしてもできない「霞のごとき眉間」のさま。

 人間の急所である眉間は、人の生命の象徴である、とも読めるだろう。剣術の「霞の構え」は、半身の姿勢で腕を交差させるようにして柄を握り、相手の眉間に剣の切っ先を当てるものだそうだが、それはともかくとしても、「眉間みな霞のごとし」という措辞に、話者が自分自身を含めた「みな」に感じる生の衰えの兆候、あるいは自らが記憶の中から召喚した死者への思いを読みとることは、ごく自然な解読のしかたであるはずだ。

 そして、「夏の空」によって、句の世界はひろやかですがすがしさをたたえ、なおかつノスタルジーを帯びたたものになると同時に、日本が半世紀前に体験した戦争の記憶を、否応なしに色濃く感じさせることになる。

 しかし、なぜこんなにまで切実で深い、「わたしにとっての掛け替えのない」感情が、この文字列の中に封じ込められているのかをこうして考えてみても、はっきりした答えは得られないのだ。句を読んだときに得られる感動・情動の鮮やかで生々しい体験と、それを「解読」しようとしたときに感じる救いがたいもどかしさ。徒労かもしれない「『真神』を読む」作業は、しかしその「解読」を経ることによって、句の世界がよりくっきりとした鮮やかな輪郭をもって「わたし」に迫ってくるはずだ、という、もしかしたら無根拠な確信だけを頼りにこれからも続けられることになるだろう。

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18 顔古き夏ゆふぐれの人さらひ

 ノスタルジーの夏の彼方から、ゆっくりと「人さらひ」が登場する。今のこどもにとっての人さらいは、むしろ現実的で即物的な「誘拐犯」や「変質者」であるのかもしれないが、悠然と夕暮れの彼方から現れてこどもをさらい、異界へと連れ去っていく「人さらひ」は、ハメルンの笛吹きがそうであるように、たまらなく恐ろしい分だけたまらなく魅力的な、人をどきどきわくわくさせる存在であったはずだ。

 わたくしごとになるが、この稿の筆者にとっての「人さらひ」は、「ばふらん」という名を与えられた不思議な存在だった。夏の夕暮れ、遠い波の音とともに「ばふらああん・ばふらああん」という低いかけ声をあげて海辺の町の坂道を下ってくる彼は、ぼろぼろの長いマントの下にこどもを隠すと、ふたたびばふらあああんと呼ばわりつつ、坂道をのぼって闇の中へ消えていくのだ。どうやら祖母が大正末年、父が幼児のころにどこかから連れてきたらしい「ばふらん」の姿かたちを、当然ながら一度も実際に見たことがないくせに、筆者は今でもはっきりと想起することができる。そして、彼の顔は、まさに「顔古き」という形容がぴったり当てはまるものであったのだった。

 こうした、誰しもが記憶の中に持っているに違いない、恐ろしくも魅惑的な「人さらひ」の容貌を具象化させ、ありきたりなイメージとはまったく違うところでの「納得」を獲得するために、作者がここで持ち出した決め技は、言うまでもなく「顔古き」だ。普通は物について使われる「古い」という形容詞が冠せられたせいで、人さらいの「顔」は通常の人生の長さを超えた格調高い古色を帯び、なおかつよく使い込んだ革鞄のような造形的な具体性を感じさせるものとなったのだ。おそらくは表情の変化に乏しい、しかしそれだけに深い悲しみをたたえた「人さらひ」の顔を、この句の読み手の多くは、きわめて近しいものとして認識できるのではないだろうか。

 かつて吉岡実は、三橋敏雄の初期の作品「素頭のわれは秀才夏霞」について、「まぎれもなく、早熟なこの俳人の美しい自画像である」と書いた(『三橋敏雄愛吟抄』三橋敏雄全句集・栞)。現実の三橋氏には失礼かもしれないが、「顔古き夏ゆふぐれの人さらひ」の句を、「これは現在のこの俳人の自画像である」と言い切ってしまいたくなるのは私だけだろうか。もちろん、この句が制作された時点での三橋氏は四十代だったのだから、

それはこの稿の筆者の妄想に過ぎないわけだが、三橋敏雄の俳句に触れることによって、俳句の世界にどんどん引き入れられてしまった私にとって、夕暮れにゆっくりと姿を見せる、恐ろしくも魅惑的な「人さらひ」は、どう考えても三橋敏雄その人であるのだ。

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19 鬼やんま長途のはじめ日当たれり

 夏の季感を持つ句が連続するこのあたりの流れは、『真神』全編の中でもひとつのピークを形成する、と言えるほどに完成度の高い句が並んでいる。この句の堂々としたたたずまいと広々とした空間は、懐かしさと寂しさ、希望と悲しみを同時に呼び起こす「玄妙」としか言いようのないものであり、いったいこの短い文字列のどこに、これだけ複雑かつ微妙な、それでいてくっきりと鮮やかなイメージが内包されているのだろうか、という基本的な疑問に、改めてとらわれてしまうほどに見事なものだ。

 ここでの「鬼やんま」は、たんなる配合としての役割を担うだけではなく、読み方によっては「長途」の主体ともなりうるだけの実質を備えたことばだと言えるだろう。鬼やんまのたくましい肢体は、「長途」という、通常は俳句形式の枠では支えきれないほどに由緒正しく柄の大きな単語と十分に拮抗し、後半の広い空間を引き締めている。

 俳諧史の記憶における「長途」といえば、

「ことし元禄二とせにや、奥羽長途の行脚只かりそめに思ひたちて、呉天に白髪の恨を重ぬといへ共、耳にふれていまだめに見ぬさかひ、若(もし)生て帰らばと、定(さだめ)なき頼の末をかけ、其日漸(やうやう)草加と云(いふ)宿にたどり着にけり」という、『おくのほそ道』の有名なくだりがまず思い出せるだろう。近代人の感覚からすると、漢籍と日本の古典のパターンを踏まえての様式化が目立つこの文で、芭蕉が「長途」という語にどういう重みを持たせているのかを実感するのは難しいが(という、「内面」を翻訳しようとする読み方自体が「近代」的な認識の所産なのだが)、容易ならぬ旅を前にして、芭蕉が感じたであろうある悲壮な決意が(それ自体が様式化されたものかどうか、ということはさておき)、彼にこの語を選択させたであろうことは否定できないはずだ。

 一方、三橋敏雄のこの句における「長途」という単語は、それが俳句という形式の中ではほとんど登場しない「大げさ」な響きを持つことばであるのにもかかわらず、うっかりすると気にも留めずに通過してしまいそうなほどに、さりげない顔つきで句の中に収まっているのだった。これは、前述した「鬼やんま」の効果も大きいが、長途のはじめに日が当たっている、という、明るいくせに寂しく、しかし希望を感じさせるひろやかな舞台装置が、「長途」の持つ悲壮感を脱色しているから、なのだろう。

 ここで感じられる希望は、「生活」がまとわりつく土地を離れて、鬼やんまとともに「未知」へと放たれていくことへの、底のない放心のようなものなのかもしれない。伝記的事実を言えば、終戦直後からの約三十年間を、運輸省練習船の事務長として過ごした三橋敏雄は、「帆船に乗って遠洋航海に出る」という、現代において希有な、真の「長途」を何度も体験しているのだった。

 かと言って、この句を「遠洋航海に出かけるときの句」と限定して読む必要はまったくないはずだ。そうした補助線を補わなくてはならないような弱点を、この一句はまったく持ち合わせてはいない。三橋敏雄自身が「個人的事情や社会的背景への理解を、条件としなければ成り立ち難い作は除いた。条件が必要ならば、それを含蓄する用語を、句中に置いた」(『まぼろしの鱶』後記)と述べているように。

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20 蒼白き蝉の子を掘りあてにける

 大きな空間を、「立句」的な凛とした姿で書ききった前句とは対照的に、この句のミクロに徹した空間と、切れのない句またがりと連体形止めを使った書きぶりは、いわば「平句的」だと言えるだろう。鬼やんまのたくましい姿と明るい日差しに対する、「蒼白き蝉の子」のはかなさ・弱さのコントラストも鮮やかだ。おそらくこの句は、単独で読むときよりも、こうしてこの位置に配列されたときの方が、数段印象が強いはずだ。淡々とした書き方の中から滲みでる、「蒼白き蝉の子」に対する哀惜の思いもまた。

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21 草刈に杉苗刈られ薫るなり

 前句から始まって四句ほど、夏の季感を持ったオーソドックスな写生的な句が続く。武蔵の山中の光景として読み、「かられ・かおる」の韻を踏んだ動詞の連続によって、杉の苗に鎌が入ったとたんにあたりに拡がる青い木の匂いを実感すれば、この句の読みはそれで十分なのだろう。「蒼白き蝉の子」へのそれと似た、刈られる杉苗への「あはれ」を含んだ思いは、あくまでも隠し味としておくべきだと思う。地味な句だが、ものをくっきりと見る目と、それを俳句として定着させるときの正確な技術は、むしろこういう句にこそはっきり現れるのかもしれない。

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22 蛇捕の脇みちに入る頭かな

 これもまた、武蔵の(いや、別に武蔵である必要はないのだろうが)山中での情景として読んで何の不都合もない、落ちついた味わいを持った句だ。「脇みちに入る頭かな」という、まさに「俳諧」のエッセンスを凝縮したかのような書きぶりは、高橋睦郎が「三橋敏雄の修羅道」で述べたように(本稿では、連載2回目の「7 蝉の穴蟻の穴よりしづかなる」の項ですでに引用している)、「『蛇捕の脇みちに入る頭』、それが俳句である」としか言いようのないものだ。この句もまた、まっとうな「俳句らしい俳句」を読む満足感を、読み手にひしひしと感じさせる作品だと言えるだろう。

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