『真神』を読む(5)

                      村井康司

23 蒼然と晩夏のひばりあがりけり

24 霧しづく体内暗く赤くして

25 生みの母を揉む長あそび長夜かな

26 己が尾を見てもどる鯉寒に入る

27 玉霰ふたつならびにふゆるなり

28 春山を越えて土減る故郷かな

29 雹噛んで臼歯なほ在り故郷かな

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23 蒼然と晩夏のひばりあがりけり

 「20 蒼白き蝉の子を掘りあてにける」から後、比較的地味な写生句風の作品が続いたが、この句は一見シンプルな「事実の報告」にみえつつも、それだけにはとどまらない「異界」の情景を読み手に感受させてくれる。

 修辞上の眼目はやはり「蒼然と」という形容だろう。『日本国語大辞典』によれば、「蒼然」の意味は「(1)色の青いさま。色のあおあおとしているさま。(2)夕暮のうすぐらいさま。(3)色の古びたさま。」であるが、この句における「蒼然」がどれに該当するのかを一義的に考えてもおそらく無意味だ。凛とした戦慄的な美しさと「滅び」に向かう予感をはらんだこの語は、句中に置かれた「晩夏」と見事に呼応し、抜き差しならない関係をとりむすんでいる。それは、「夏の終わりのころ」という本来の意味が内包する「寂しさ」を格調高く、硬質にきわだたせるのみならず、「晩夏」という文字列からの「夏の晩」への連想や、「ばんか」という音からの「挽歌」への連想までをも補強し、輝かせる奇跡的な措辞なのだ。

 濁音が効果的に配され、後半には「り」の脚韻が施された音韻的な配慮は、「蒼然」「晩夏」という漢語が持つ硬質な語感をよりひきたてている。指摘するまでもなく、「蒼然」「晩夏」以外のことばをすべて平仮名にした表記法の効果も大きい。

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24 霧しづく体内暗く赤くして

 もしかしたら、<『真神』は「夕暮れの句集」である>と言うこともできるのかもしれない。「昭和衰へ馬の音する夕かな」で始まるこの句集の基調をなす色彩は明らかに「赤と黒」であり、黒は闇の色・夜の色、そして赤は火の色・血の色でありつつ、なによりも「夕焼けの色」であるのだから。句集全体を覆う切ないまでの郷愁と、不思議に魅惑的なものでもある衰弱への予感、そして自分の肉体へのオナニスム的なこだわりと母性=母胎への回帰願望。これらのテーマ=モティーフに最もふさわしい時間は、やはり夕暮れから夜に向かうあのひとときであるだろう。

 この句で「暗く赤く」見られているものは人間の体内である。言われてみればまさにその通りである体内の暗さと赤さをこうして提示されることによって、われわれは人体の中に入り込み、不安と郷愁がない交ぜになった、まるで夢でみた情景のような「胎内巡り」を体験することになる。「胎内迷路」の内壁にびっしりと張り付いた「霧しづく」は、人体のぬくもりと湿気を象徴しつつ、先の見えない胎内巡りの甘美な不安をきわだたせている。

 ここで注目すべきは、前句との実に巧妙な照応関係だ。「蒼然」の「蒼」と「赤」の色彩的な対応はもちろん、「晩夏」の「晩」が「暗く」に、そして「夏」が「赤く」に(五行説によると「夏」に該当する色は「朱」なのだから)それぞれ対応し、読み手は外見上はまったく関連のない二つの句を、それとは意識せずに前句とのイメージの関連を体感しつつ、重層的に読むことになるのだった。もちろん、三橋敏雄がそこまで意識的にこの二句を並置したかどうかはわからないのだが、結果としてこの二句には、今述べたような「ことばとしての関連」が確実に生じている。

 発句的な折り目正しさを感じさせる「蒼然と晩夏のひばりあがりけり」の後に、「て止め」のこの句(ちなみに、『真神』百三十句の中で、「て」で終わる句はこれ一句だけである)を置いたとき、作者はこの句と前句との連句的な「響きあい」をかなり意識していたと思われる。そして当然のことながら、この後にどんな句を持ってくるかということについても、作者は読者の期待を心地よく裏切るべく趣向を凝らしているはずだ。

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25 生みの母を揉む長あそび長夜かな

 寂しさと不安、そして切迫した緊張感が感じられる「霧しづく」の句の後に置かれた句は、うって変わって実に優しくのどかな、照れ笑いの陰からほのぼのとした愛情がにじみ出てくるような作品だった。

 秋の夜長に、年老いた生母の肩や腰を揉んでいる、もはや中年にさしかかった息子、というごくごく常識的な情景をまず思い浮かべることから、この句は読み始められるべきだろう。それを「あそび」だと言うはにかみと、「母を揉む」という得体の知れない「長あそび」が実際に行われているかのような、どことなく不気味ですっとぼけた味わいの微妙なぶれが、この句の眼目なのではないだろうか。わざわざ「生みの母」と言うことによって生じる字余り、「ながあそびながよかな」というのんびりした音韻/リズムと、心地よい冗長性を感じさせる「ゆるめ」のテクニックがさりげなく使われて、句に描かれた情景をまさに「長夜」にふさわしいものに仕立てている。

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26 己が尾を見てもどる鯉寒に入る

 「寒鯉」を対象とした、これはきわめてオーソドックスで着実な写生句だと捉えるべき句だろう。寒鯉のゆっくりとした、しかし強靭な力を感じさせるしなやかなからだの運動を「己が尾を見てもどる」動作の中に発見した作者の俳句的観察=描写眼は、たとえば虚子の「寒鯉の一擲したる力かな」や、加藤楸邨の「尾へ抜けて寒鯉の身をはしる力」を想起させつつ、よりゆったりとして典雅な情景を、より具体的で細密なかたちで一句に定着させている。

 ちなみに『真神』には、「鯉」を対象とした句がもうひとつある。「霞まねば水に穴あく鯉の口」。この句もまた、「水に穴あく鯉の口」という観察・発見がきわだっている作品だが、昭和五十二年刊行の『現代俳句全集 四』(立風書房)に収録される際に、「涅槃会の水に穴あく鯉の口」と改作された(あるいは「涅槃会の」の方がオリジナルな形だったのかもしれないが)。

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27 玉霰ふたつならびにふゆるなり

 「玉霰」は霰の美称。冬の季語だが、新続古今和歌集にある藤原家房の「み山べを夕こえくれば椎柴の枯葉につたふ玉あられ哉」に見られるように、むしろ和歌的な情緒を感じさせる、優雅でおっとりとしたことばだと言えるだろう。この句の「ふたつならびにふゆるなり」という、「ふ」の頭韻を生かした中下も、なんともみやびな雰囲気の、たとえて言えば王朝和歌の上の句を思わせるものだ。音韻的な印象もそうだが、玉霰が「ふたつならびに」増えていく、という発想は、実に典雅で幻想的な美しさにあふれている。

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28 春山を越えて土減る故郷かな

 「土減る故郷かな」は、急激な宅地造成によって、故郷の山が削られ、崩されていったことに対する慨嘆なのだろうか。たとえばこの稿の筆者が住んでいる神奈川県川崎市北部の公営団地は、ほぼ十年ほど前に丘陵を切り崩して造成された土地に建っているものだが、その土地に生まれ育ち、今は存在しない丘や森や沼で遊んでいた人たちにとってみれば、高層団地が建ち並ぶ現在の光景は、まさに「土減る故郷」としか言いようのないものであることだろう。三橋敏雄にとっての「故郷」である八王子近辺も、60年代以降、恐ろしい勢いで「土減る」ばかりの首都近郊に位置している。

 この句は、「春山を越えて、『土減る故郷』にやってきた」とも、「春山を越えて土が減っていく故郷であることよ」とも読める。読みをどちらかに限定する必要はおそらくないだろう。「春山」の豊かなのどかさと、「土減る」の索漠としたまずしさの合間に、「故郷」は存在しているのだ、という認識が、作者にこの句を書かせた主要なモティーフなのだろうから。

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29 雹噛んで臼歯なほ在り故郷かな

 「故郷かな」という下五を持つ句が、ここで二句続いている。同じ形態の下五を並べる配列手法は、『真神』においてはすでに「火の気なくあそぶ花あり急ぐ秋/こぼれ飯乾きて米や痛き秋」で登場しているが、ここでの「故郷かな」二連発は、より強いインパクトを読み手に与えるものだろう。

 前句における「故郷かな」が、句の意味の流れとしてきわめて自然に得心できるものであるのに対し、この句のそれは、上中と下五の因果関係がつかみにくい。「なほ在る」ではなく「なほ在り」と終止形にして、敢えて切れを二カ所作って「故郷かな」を浮き立たせているせいもあり、ある強い決意や世界/世間とのきしみ、あるいは「臼歯なほ在り」によって象徴される「年齢を重ねるに至った『外部』とのたたかい」を想起させる上中の部分と、ぽんと放り出されるように置かれた「故郷かな」とのつながりが見えにくいのだ。しかし、ここではこの違和感が句の味わいを重層的にさせ、「雹噛んで臼歯なほ在り」というきわめて魅力的なフレーズをさらに印象的なものに見せている、と言えるはずだ。

 ちなみに、後年三橋敏雄は、この句の変奏とも言うべき句を、小林恭二がプロデュースした『俳句という遊び』の句会で制作・発表している。

 「春風は噛むべくもなく歯確かに」。


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